裕平くんも一度だけお見舞いにきてくれた。



「綾子さんから、階段から落ちたって聞いたから」


そう言った裕平くんは何も本当のことを知らないのだと気付いて

私はホッとした。




裕平くんは30分ほどで帰っていった。


さっきまで裕平くんが座っていた椅子に手を伸ばす。
まだほんのり温かい。





裕平くん…大好きでした。

大きな会社の跡取り息子

かっこよくて頭もよくて

何もかもが優秀

住む世界が違う裕平くん


だけど、ずっとレールの上を歩いてきた裕平くんは私が想像するよりも遥かに窮屈な思いをしていた。



この生活を手放す勇気はないと言った裕平くん、

そんな裕平くんが叶えることのない教師の夢。




私は受験までの間、あのタイミングで裕平くんに出会って少しの時間だけど裕平くんの生徒になれた。



嬉しかった。


裕平くんは勉強だけじゃなく、他にもたくさん私に与えてくれたんだ。






ありがとう。





ありがとう。




裕平くん。



絵里の婚約者。