***
夜の学校は日中とは雰囲気が違っていて、心なしか寒気がする。
私は職員玄関の前に自転車を止めると、入口を開けた。
よかった。施錠はされていない。
私は靴を脱いで来客用のスリッパを履いて、ペタペタと足音を立てながら自分の教室を目指した。
月明かりで薄ぼんやりとした廊下では教室の名前が書かれた札が読みにくい。
私は、自分のクラスである三のBを探すのに随分と長いこと時間をかけた。
あるいは、夜の空気が長い時間だと感じさせたのかもしれない。
音を立てないようにそーっとドアを開ける。
別に悪いことをしているわけじゃないんだけれど、音を立てるのもなんか変かと思って。
そして、窓側の席から二番目、前から三番目の自分の机の中を、スマホのライトを当てながら覗き込んだ。
……あった!
お目当てのプリントが机に入っていた。
私はちょっとした達成感に小喜びする。
あとは学校を出て家に帰るだけ。
そう思って足を踏み出したはずなのに、足裏の感触が床に届くことはなかった。
どっしりとした重みのある何かが、私の身体を前から押し倒したのだ。
「きゃっ」
頭が床にぶつかる。と、思いきや、後頭部が何か大きな温かいものに支えられた。
そして私の身体の上を真っ黒な人のカタチが覆った。
暗くてよく見えないけれど、頭らしき部分が私の肩に圧し掛かってきた。
首筋にチクリとした僅かな痛みを感じたとき、私は身に危険を感じて、スマホのライトを人影に向けた。
「う、眩し……っ」
人影が上半身を上げて、左腕で視界をライトから庇う。
ゴンっと音を立てて私の頭が床にぶつかった。
痛い……。
そう思ったのも束の間。私に跨っている人影が腕を下げたので、その正体が分かった。
「月森(つきもり)くん……?」
月森鏡介(つきもり きょうすけ)くん。私のクラスメイトだ。
顔は結構かっこいいし運動神経もいいので、クラスの女子の何人かは月森くんにガチ恋している。
そんな月森君が私を押し倒して身体の上に跨っている。
私の思考回路が処理しきれずにエラーを吐き出している。
「なんで月森くん?」
「浅灘……とりあえず、ライト、消せ」
月森くんが立ち上がると、私の身体からずっしりとした重みが消える。
遅れて私も体を起こした。
月森くんがふーっと息を吐いたのが分かった。
私は驚きで、まだ心臓がバクバク言っている。
月森くんが気まずそうに頭を掻く。
「浅灘。……お前、もしかして聖女なのか」
「そうみたい。……って、なんで月森くんがそのことを知っているの?」
「聖女特有の匂いがするんだよ」
私は臭いかなと思って自分の身体を嗅ぐ。
お風呂に入ってから来ればよかったかな。
「そんなに臭いかな」
「普通の人間にはわからないんだよ。俺は……ヴァンパイアだからわかる」
月森くんがヴァンパイア。つまり、魔の者、吸血鬼。
これって、私、ピンチなのでは?
「月森くん、私を食べようとしたの?」
「誤解だ。寝惚けていただけだ」
「寝惚けてたって……まさか学校が終わってからずっと寝てたわけじゃないでしょ?」
「夜になってから寝る。俺の寝床は教室の天井なの」
「え、天井!?」
私は思わず天井を見上げる。まさか私の真上で寝ていたの?
「吸血鬼は壁とか天井とか自由に歩けるの。知らなかった?」
「知らないよ、そんなこと」
「聖女の癖に不用心だな」
「月森くんこそ、私の血を吸おうとした」
月森くんはため息を吐いて下を向いた。
「それは……寝惚けてたんだよ。俺はガキの血は吸わない」
「ガキって……私、今日で十八歳になったんですけれど!?」
「そうやってムキになるところが、ガキ」
そのとき、廊下の方から人の足音らしき音が聞こえてきた。
「まずい、巡回だ。隠れろ!」
私が言葉を発する前に、月森くんは私の腕を引いて黒板の前の教卓の下へと潜り込んだ。
「スマホは念のため鳴らないようにしろ」
私は言う通り、スマホをマナーモードに変更した。
「やったよ」
「喋んな」
月森くんは私の口を、抱え込むようにして大きな手で押さえた。
密着しすぎて抱きしめられているみたいだ。
私のものじゃない、男の子らしい爽やかな制汗剤の匂いが鼻孔をついた。
これが、月森くんの香り。
どうしよう、ミント系で好きな香りだ……。
私の肩が月森くんの筋肉質の胸にぶつかって、熱い体温が伝わる。
私の心臓のドキドキが止まらない……。
月森くんにも伝わってしまっているだろうか。
月森くんの方をちらっと見るけれど、その表情は闇に紛れてうまく見れなかった。
「行ったぞ」
その言葉を合図に、私たちは教卓から這い出た。
私は身体中が熱くなって、両手で顔を仰ぐ。
「浅灘……、由比加でいいか。家まで送ってやるよ」
「え、いいよ! 私、自転車で来てるし」
「バカ。聖女が一人で夜道をほっつき歩くなんて危ねーどころじゃねーぞ」
「そ、そうなの?」
「夜も深まってきたし、他の魔の者の気配もする。また食われそうになってもいいのか?」
私は月森くんに噛みつかれそうになった首筋を撫でる。
「ううん! じゃ……送ってもらおうかな」
「そうしとけ」
そして私は自転車を押しながら、月森くんにマンションまで送ってもらったのだった。
夜の学校は日中とは雰囲気が違っていて、心なしか寒気がする。
私は職員玄関の前に自転車を止めると、入口を開けた。
よかった。施錠はされていない。
私は靴を脱いで来客用のスリッパを履いて、ペタペタと足音を立てながら自分の教室を目指した。
月明かりで薄ぼんやりとした廊下では教室の名前が書かれた札が読みにくい。
私は、自分のクラスである三のBを探すのに随分と長いこと時間をかけた。
あるいは、夜の空気が長い時間だと感じさせたのかもしれない。
音を立てないようにそーっとドアを開ける。
別に悪いことをしているわけじゃないんだけれど、音を立てるのもなんか変かと思って。
そして、窓側の席から二番目、前から三番目の自分の机の中を、スマホのライトを当てながら覗き込んだ。
……あった!
お目当てのプリントが机に入っていた。
私はちょっとした達成感に小喜びする。
あとは学校を出て家に帰るだけ。
そう思って足を踏み出したはずなのに、足裏の感触が床に届くことはなかった。
どっしりとした重みのある何かが、私の身体を前から押し倒したのだ。
「きゃっ」
頭が床にぶつかる。と、思いきや、後頭部が何か大きな温かいものに支えられた。
そして私の身体の上を真っ黒な人のカタチが覆った。
暗くてよく見えないけれど、頭らしき部分が私の肩に圧し掛かってきた。
首筋にチクリとした僅かな痛みを感じたとき、私は身に危険を感じて、スマホのライトを人影に向けた。
「う、眩し……っ」
人影が上半身を上げて、左腕で視界をライトから庇う。
ゴンっと音を立てて私の頭が床にぶつかった。
痛い……。
そう思ったのも束の間。私に跨っている人影が腕を下げたので、その正体が分かった。
「月森(つきもり)くん……?」
月森鏡介(つきもり きょうすけ)くん。私のクラスメイトだ。
顔は結構かっこいいし運動神経もいいので、クラスの女子の何人かは月森くんにガチ恋している。
そんな月森君が私を押し倒して身体の上に跨っている。
私の思考回路が処理しきれずにエラーを吐き出している。
「なんで月森くん?」
「浅灘……とりあえず、ライト、消せ」
月森くんが立ち上がると、私の身体からずっしりとした重みが消える。
遅れて私も体を起こした。
月森くんがふーっと息を吐いたのが分かった。
私は驚きで、まだ心臓がバクバク言っている。
月森くんが気まずそうに頭を掻く。
「浅灘。……お前、もしかして聖女なのか」
「そうみたい。……って、なんで月森くんがそのことを知っているの?」
「聖女特有の匂いがするんだよ」
私は臭いかなと思って自分の身体を嗅ぐ。
お風呂に入ってから来ればよかったかな。
「そんなに臭いかな」
「普通の人間にはわからないんだよ。俺は……ヴァンパイアだからわかる」
月森くんがヴァンパイア。つまり、魔の者、吸血鬼。
これって、私、ピンチなのでは?
「月森くん、私を食べようとしたの?」
「誤解だ。寝惚けていただけだ」
「寝惚けてたって……まさか学校が終わってからずっと寝てたわけじゃないでしょ?」
「夜になってから寝る。俺の寝床は教室の天井なの」
「え、天井!?」
私は思わず天井を見上げる。まさか私の真上で寝ていたの?
「吸血鬼は壁とか天井とか自由に歩けるの。知らなかった?」
「知らないよ、そんなこと」
「聖女の癖に不用心だな」
「月森くんこそ、私の血を吸おうとした」
月森くんはため息を吐いて下を向いた。
「それは……寝惚けてたんだよ。俺はガキの血は吸わない」
「ガキって……私、今日で十八歳になったんですけれど!?」
「そうやってムキになるところが、ガキ」
そのとき、廊下の方から人の足音らしき音が聞こえてきた。
「まずい、巡回だ。隠れろ!」
私が言葉を発する前に、月森くんは私の腕を引いて黒板の前の教卓の下へと潜り込んだ。
「スマホは念のため鳴らないようにしろ」
私は言う通り、スマホをマナーモードに変更した。
「やったよ」
「喋んな」
月森くんは私の口を、抱え込むようにして大きな手で押さえた。
密着しすぎて抱きしめられているみたいだ。
私のものじゃない、男の子らしい爽やかな制汗剤の匂いが鼻孔をついた。
これが、月森くんの香り。
どうしよう、ミント系で好きな香りだ……。
私の肩が月森くんの筋肉質の胸にぶつかって、熱い体温が伝わる。
私の心臓のドキドキが止まらない……。
月森くんにも伝わってしまっているだろうか。
月森くんの方をちらっと見るけれど、その表情は闇に紛れてうまく見れなかった。
「行ったぞ」
その言葉を合図に、私たちは教卓から這い出た。
私は身体中が熱くなって、両手で顔を仰ぐ。
「浅灘……、由比加でいいか。家まで送ってやるよ」
「え、いいよ! 私、自転車で来てるし」
「バカ。聖女が一人で夜道をほっつき歩くなんて危ねーどころじゃねーぞ」
「そ、そうなの?」
「夜も深まってきたし、他の魔の者の気配もする。また食われそうになってもいいのか?」
私は月森くんに噛みつかれそうになった首筋を撫でる。
「ううん! じゃ……送ってもらおうかな」
「そうしとけ」
そして私は自転車を押しながら、月森くんにマンションまで送ってもらったのだった。
