力のない聖女は騎士と吸血鬼に愛される

 バキィッ。

 その音に目を見開くと、月森くんが魔の者の頭に向かって飛び蹴りを食らわせていた。

 側面に吹っ飛んだ魔の者が壁にぶつかり、ゴンという固い音がした。

 月森くんは身体のバランスを保ったまま、私の前で着地した。



「……ったく。相変わらず不用心な聖女様だ」

「月森くん……? どうして……?」

「古谷に頼まれて。お前の匂いを辿ってきた」



 真守が。

 窮地を助けてもらえた喜びと緊張の糸が解れた拍子に、私は膝から崩れ落ちた。

 だけど、魔の者はまだ動けるようで、首を左右に振りながら舌打ちをした。



「いてて……お前、吸血鬼だな。同胞が邪魔をするんじゃねえ」



「残念だけど。由比加は俺のものだ」



「俺を蹴り飛ばした罪は赦してやらねえぞ!!」



 魔の者が月森くんに飛びかかろうとする。



「月森くん!」



 月森くんが殴りつけられるイメージがして、私は思わず目をつむった。

 でも辺りには何の音もしなかった。

 私は、びくびくしながらうっすらと目を開ける。

 すると、魔の者の胸のあたりに、赤い血が滴った銀の細い棒が生えていた。



「部屋でじっとしてろって、言っただろ」



 真守が、魔の者を背後からサーベルで串刺しにしていたのだった。



「由比加に手を出して赦されると思うなよ」



 真守のサーベルが魔の者から引き抜かれると、魔の者は灰色になり、風に乗って粉のように散っていた。

 その場に残ったのは、私と月森くんと真守。



「古谷のサーベルに刺されると思うとぞっとするな」



 月森くんはジャケットについた灰を払うと軽口を叩いた。



「月森にいつ止めを刺してもいいんだぞ」



 真守もタオルでサーベルを拭いて、鞘へとしまった。

 私はというと腰が抜けて立ち上がれないままだった。

 怖かった。本当に怖かった。

 二人が来てくれなかったら、今頃私は魔の者の餌になっていた。

 その可能性に思い当ると、自然と私の目から涙が零れ落ちていった。



「由比加」



 真守が優しく私の名前を呼んだ。



「勝手に俺の前からいなくならないでくれ」



 そう言うと、私の涙をハンカチで拭って、包むように抱きしめてくれた。



「由比加……心配かけやがって」



 月森くんが私の頭を撫でながら、後ろから抱きしめてくれる。

 二人の温かい優しさに触れて、私の涙が止まらなくなる。

 嬉しい。

 二人がこんなにも心配してくれるなんて。

 私の涙はとめどなく溢れて止まらなかった。

 泣き続けて、泣き続けて。

 次第に私の頭は冷静さを取り戻してきた。

 ……って、あれ? 待てよ。今の私ってどういう状態?

 私は首を左に捻る。

 至近距離に真守の顔があった。

 私は首を右に捻る。

 至近距離に月森くんの顔がある。

 もしかして、今、私……サンドウィッチになってる!?



「ちょ、ちょっと、真守も月森くんも、いったん私を離して!?」

「やだ、離さない」

「俺も」

「月森が離せ」

「お前の方こそ」

「二人とも! 離して!」



 二人はしぶしぶと言った様子で、私のことを手放した。

 私は足元の埃を払って立ち上がる。

 私は真守と月森くんの顔を交互に見やり、



「助けてくれて、ありがとっ」



 と言った。



「やべえ……きゅんとしたかも」



 月森くんが心臓を押さえるような仕草をした。



「由比加。俺の彼女にならないか。俺ならお前を守れる」

「ええっ!? 彼女……ですか」



 突然の告白に頭が真っ白になる。ついでになぜか敬語になる。

 私は二の句が継げずに呆然とした。

 そんな私の腕を真守が引く。



「待て、月森。由比加を守るのは俺だ」

「お前の言う『守る』は、仕事なんだろ?」

「違う!! 俺は由比加を……妻にしたいと思っている」

「へっ!? 妻!?」



 今度はもっとすごいワードだった。



「本当はもっとゆっくり関係を築きたかったんだけど……」

 真守は私の前で片膝を付いて座ると、懐から小さな箱を取り出した。

 真守が私の方に向けて、箱を開ける。

 中には銀色の指輪が入っていた。



「この指輪には魔の者を遠ざける力がある。由比加。受け取ってくれないか。そうすれば名実ともに俺は由比加を守り続けられる」



「おいおい、待てよ。それなら俺だって」



 月森くんが同じように、私の前で片膝をつく。



「吸血鬼も相手の同意があれば、眷属にできる。眷属になれば他の魔の者から狙われなくなる。……由比加、俺にしておけよ」

「由比加」

「由比加」



「「どっちを選ぶんだ!?」」



 二人に詰め寄られ、私はどうしようもできなくなった。

 こんな状況、予想外過ぎて。



「こんなの、すぐに決められませーん!!!」



 私の叫びが、人通りのない路地裏に響き渡った。