力のない聖女は騎士と吸血鬼に愛される

 ***

 放課後、真守は一目散に私の所にやってきた。



「由比加、一緒に帰ろう。また月森に目を付けられると厄介だ」



 真守は警戒するように周囲を見渡した。



「う、うん。いいけど」


 そうして私たちが教室を出ると、月森くんが私たちを待っていたみたいに廊下に立っていた。

 真守が無言で私の腕を引く。

 反対の腕を月森くんが掴んだ。



「待った。由比加。今日はすまなかった」



 その真摯な言葉に、私と真守は振り返った。



「月森。随分素直だな」

「噛みつこうとしたお詫びに、教えてやろうと思ってさ。今日は、満月だから、吸血鬼は血に飢えているんだ。だから、気を付けておけ。……俺も自分を抑えきれなかった。悪いな、由比加」

「ううん、全然大丈夫だよ」

「由比加っ」



 真守が怒ったように私の名前を強く呼んだ。

 真守が心配してくれている。

 月森くんは悪い人じゃないんだけれど、真守にとっては天敵の魔の者だ。

 気を付けようとする気持ちも分かる。

 心なしか月森くんもしおらしくて、真守に言葉で噛みつく様子もない。



「とにかく気を付けて帰れよ。聖女様と騎士さん」



 月森くんは私の手を離して、ひらひらと手を振った。



「ご忠告どうも」



 真守はつっけんどんに言って、マンションに着いて、私が自分の家に入るまで私の手を握り続けていた。



「いいか、由比加。月森が言った通り、今日は満月だから何が起こるか分からない。自分の部屋でじっとしてるんだぞ」

「うん、わかった」



 私がドアを閉めるその瞬間まで、真守は私のことを見守ってくれていた。

 ……よーし、今日は出かけられないし、早めに宿題に取り込んじゃおう。

 私はいそいそと私服に着替えて(もちろんホルスターはスカートの下に装備し
て)、教科書と向き合った。

 二時間くらいは勉強していたと思う。

 ピンポーンとチャイムが鳴った。

 私は玄関とつながっているモニターで、来訪者の姿を確認した。

 段ボールを持っている宅配の制服を着たお兄さんだ。



「お届け物でーす」

「今、行きまーす」



 お母さんの通販の買い物だろうか。

 私は急いで玄関のドアを開けた。

 お兄さんは、ぺこりと礼をしながら段ボールを私に差し出した。

 捺印しようとして、印鑑を持ってくることを忘れたのに気が付いた。



「あ、印鑑忘れたので、サインでもいいですか?」



 お兄さんはニコッと笑ってくれた。



「いいですよ。……できればあなたの血判を頂きたいんですがね」

「けっぱん?」



 意味が分からず顔を上げると、お兄さんはいびつな顔でにやりと笑った。



「――聖女の血を、いただきに来たぜ」

「!? いやぁっ!!」



 叫んだ時にはもう遅かった。

 私の身体はお兄さん……いや、魔の者の腕の中に抱き留められていた。

 バンッと隣の家のドアが開く音がした。

 その音と同時に、魔の者は私を抱えて八階から地上へと飛び降りた。



「由比加ーっ!!」

「助けて、真守っ!!」



 タンッと地面に魔の者が着陸した衝撃で私の身体がくの字に曲がる。



「げほっ!」

「聖女の身体は弱くてかなわねえな」



 魔の者は走り出す。

 びゅんびゅんと人離れした速さで塀や民家の屋根の上を飛び回る。

 そのたびに私の目もくるくると回って気持ちが悪い。

 私にわかることと言えば、真守には絶対に追いつける速さじゃないってことだった。

 絶体絶命のピンチ。

 気が付けば、私は人気のない路地裏に連れ込まれていた。

 周りを壁で囲まれていて、逃げる場所がない。



「あなた、私をどうする気!?」



 震える声で私は尋ねた。

 魔の者は愉快そうにくつくつと笑った。



「聖女の血は高く売れるんだ。あんたの血を全部抜き取って、欲しがる魔の者たちの餌にするのさ」



 背筋が凍った。

 そんなむごいこと、ありえない!



「いや……止めて……」



 私はかろうじて絞り出した声で、抵抗の意思を表した。



 立ち上がるも、両足が震えている。



 魔の者はどこからか持ってきたアタッシュケースを開けて、注射器に空のパッ
クの付いた透明な管を繋げていた。



「黙ってれば痛くはしない。なんなら気持ちよくさせてもいいんだぜ?」



 魔の者が注射器の針を私に見せびらかしながら、私の方に歩み寄ってくる。

 私は震える手で自分のスカートをめくった。



「なんだ、誘惑してるのか?」



 ごくり、と生唾を飲み込む。

 私は隠していた銀のナイフを取り出す。

 そして、刃を魔の者に差し向けた。



「あなたに、好き勝手なんかさせない!」

「そんな震える手で何ができるって言うんだ」

「あっ!」



 構えていた私の腕は、いともたやすく薙ぎ払われた。

 汗で滑ったナイフが、路地裏の隅に弾き飛ばされる。

 私はナイフを拾おうと追いかけるけれど、腰を魔の者に掴まれてしまった。

 私はもう暴れるしかなかった。

 魔の者の顔に向けて拳を叩きつけ、地団駄を踏むように足を踏みつける。



「あーくそっ!! 大人しくしてろっ!!」



 魔の者は注射器の狙いを定めることができずに、私に殴られっぱなしだ。

 この調子で抵抗すれば、逃げるチャンスができるかもしれない!

 魔の者をもう一度殴ろうとしたところ、その手は片手で掴まれてしまった。



「大人しくできねえなら、もう直接いくかぁ?」



 魔の者が口を大きく開く。

 その歯は犬の歯のように太くて噛まれたらひとたまりもないようなものだった。

 私はもう叫ぶしかなかった。



「誰か、助けてーーーっ!!!」