「お待たせ」


ソファ前のローテーブルに置かれたのは土鍋

中身を想像しているうちに


「風吾に作り方を聞いた」
ハッチはそう言って蓋を開けた


「いい匂いがします」
期待に頬を緩ませると


「だろ?」なんておたまをクルリと回して器に装ってくれた


「ありがとうございます」


湯気が上がる器の中は細かく切った野菜が数種類入った雑炊


お出汁のいい匂いに誘われて
木のスプーンで掬うとフゥフゥと少し冷まして口に運んだ


「・・・美味しい」


「そうか?」


「とっても美味しいですよ」


小さく刻まれた野菜も舌で潰せるほど柔らかい


「生まれて初めて作ったがな」


「本当ですか?ハッチって料理の才能があるかも、ですよ」


「花恋以外にはしねぇから才能は無くていい」


「じゃあ私の為に才能を伸ばしてくださいね」


「花恋が言うなら」


「フフ」


少しはにかんだハッチは、赤くなった耳を隠すように、大きな器に山盛りの雑炊を装った


「あ」


「ん?」


「ハッチの初めての料理、写真撮らなきゃ」


「あ〜、バッグか?」


「はい」


「待ってろ」


拒否されるかと思ったのに
ハッチは寝室にバッグを取りに行ってくれた


「ほら」


「ありがとうございます」


「ただの雑炊だぞ?」


「記念すべき雑炊です」


黒い土鍋に湯気の立つキラキラした雑炊


私の為に初めて作ってくれた料理に
熱があったことも忘れてはしゃいでしまう


「あ、里芋も入ってる」


「嫌いだったか?」


「大好きです」


「・・・そうか」


なんだろう、ハッチは目線を外してジワリと私から顔を背けた


「・・・ハッチ?」


せっかく二人で食べているのに
そっぽ向いてるとか嫌だ


「・・・あぁ」


「・・・ん?」


「花恋が大好きとか言うから
俺のことじゃないのにドキドキした」


「・・・っ!!」


訳を知りたいとは思ったけれど、こんな展開聞いてないよ


里芋が大好きだけど


ハッチも・・・大好き


ハッチみたいに口に出す勇気はないけど
そう思うだけで私も顔に熱が集まった


「・・・んだよ」


「・・・べ、つに」


言い逃げとか狡い


真っ赤な顔をした二人が黙々と雑炊を食べるというレアな時間


太腿の上に置かれた丸いクッション
その上に小さなトレーと器


ギプスの手を使わなくても良いように配慮された食事はあっという間に終わった


「お皿洗いもできなくて、ごめんなさい」


「いや、良いんだ。俺がやりたいんだからな」


上げ膳据え膳の夜ご飯が終わると、ハッチはまたキッチンの中へ入っていった

今度は大きなトレーを持って戻ってきて、すぐ隣に腰掛けると「お熱だからな」とキラキラしたゼリーとグレープフルーツをデザートにしてくれた


「これもハッチが?」


「ゼリーは買ったけど、グレープフルーツは剥いた
風吾が手で剥くと味が違うって煩いんだ」


ハッチは皮が薄くて大変だったと笑った


「甘やかされてる」


「花恋にだけな」


フワリと笑ったその瞳も、クイと上がった薄い唇も

完璧なるイケメンパーツに色気を加えるから


心臓が早打ちしかしなくなった




付き合うって、ある意味忙しい