[児童養護施設 望みの家]



不慮の事故で両親を亡くした私は
五歳で“望みの家”に引き取られた


その当時十人居た子供達も高校を卒業すると同時に巣立っていき

十年後、残ったのは私一人


望みの家を作った旦那さんに先立たれた後
その意志を継いだ明美先生も八十を数える年になり


『せめて花恋ちゃんが高校を卒業するまでは』


そう言って踏ん張っていた矢先
玄関口で転んだことをきっかけに入院を余儀なくされた


私としては毎日明美先生と二人で家事を熟していたから
特に生活に支障が出ることもなかったけれど

行政はそれを許してはくれなかった

与えられた選択肢は他の養護施設へ移るか自立の二択

他の養護施設を知らない私にはハードルの高い選択肢だった


僅かばかりの両親の遺産は高校を卒業する時に望みの家を出て独り立ちするためのものと決めている

合格通知を受け取った段階で特待生に選ばれていたとはいえ

自立するなら毎月の家賃をはじめとする生活費を捻出するためのアルバイトは必須

しかも学年順位が五位を滑落した翌学期からは授業料も発生するから

学業と両立する必要もある


凡庸な自分を考えるだけで
進学を諦めようとしてしまった


それを止めたのは県外へ嫁いだ明美先生の娘さんである春美さんだった


『花恋ちゃんに朗報』

『?』

『東白学園ね、学生寮が完成間近なの』

『本当ですか?』

『母の所為で花恋ちゃんに迷惑がかかるとか申し訳なくてね
学園に掛け合ってきたの。そしたらね理事長が学生寮の話をしてくれて
ついでに申し込みも済ませたわ
だから花恋ちゃんはあれこれ心配せずに勉強を頑張るだけよ』

『ありがとうございます!頑張ります』


高校進学を諦めようとした日に一生分の運が巡ってきた


あれから二年が過ぎ


一度も学年順位を落とすことなく三年生になった


これまでは行事も自由参加の
一般生徒とは関わりのない特進Sクラスだったけれど

卒業後の進路を就職にした私は
総合課であるD組に移ることが決まっている


隔離されていたエリアを出て、初めての校舎と恐らく初顔合わせの生徒達に
新入学生のように緊張していた