「ごめんなさいっ」


奏さんに声を掛けて貰った時には身体の痛みも消えていた


「いえ、大丈夫ですよ。気にしないでください」


「ごめんね、これまで花恋ちゃんの話を聞かせるばかりで会わせてなかったから」


頭を撫でてくれようとしたお兄さんの手は


「気安く触るんじゃねぇ」


ハッチの唸り声に弾かれた


「おー怖」
「フフ、永飛君ヤキモチ」


お兄さん夫婦がクスクスと笑う中
向日葵さんは廊下に視線を向けていた


現れたのは向日葵さんのご両親とお父さんと更に二人


「花恋ちゃん帰る前にうちの両親を紹介させて貰っていいかな」


「あ、はい」


「父の瑞歩《みずほ》と母の飛鳥《あすか》
こちらが花恋ちゃん。向日葵の友達で和哉の娘」


お父さんの娘というより向日葵さんの友達の方が先で、それも嬉しいと思えるのだから
私の気持ちは案外決まっているのかもしれない


「青山花恋です。よろしくお願いします」


頭を下げた時にはお婆様はスリッパを脱いで裸足のまま目の前に立っていた


「花恋ちゃん。よく頑張ったね」


怪我のことを気遣ってか、フワリと抱きしめてくれたお婆様は、そっとそっと頭を撫でて


「強引でも迎えに行けば良かった」と声を震わせた


「ありがとう、ござ、いま、す」


一人が嫌だと泣いた夜が、お婆様の声で救われていく

私の気持ちに一歩踏み込んでくれたお婆様は


「和哉が勝手なことを言ってきたら
先ずは私に相談してね。必ず花恋ちゃんの味方になるから」


子供をあやすみたいに背中にトントンと触れる


「はい。お願いします」


ポロポロと溢れた涙を隣に立っているハッチが拭ってくれる

それに驚いた顔をしたお婆様は


「永飛、いつから人間になったのよ」


思い切り吹き出した



・・・やっぱり


武家屋敷の人外若様だった


恐る恐る見上げたハッチは、ギロリとこちらを睨んでいて


「テメェ、覚えてろよ」


片方だけ口角をあげた


フルルと背筋に冷たさが走る


・・・えっと


やっぱり食べるつもりじゃ・・・


「ないからな」


トホホ


向日葵さんの家族に見送られて車に乗り込むとハッチは片手運転で手を繋いだ


「疲れただろ」


「うん」


向日葵さんにハッチとの付き合いを打ち明けたことより


実の父が生きていたことに意識が残っていて精神的に疲れた気がする


「予定変更」


「・・・ん?」


「このまま木村の家に戻ったら
大勢に囲まれてしんどいだろ」


「・・・?」


「だからな・・・で、・・・」


緊張から解き離れた所為なのか、心地よい車の揺れと、ハッチの低い声が


心地良い眠りへ誘った