「向日葵」


部屋に入ってきたのは向日葵さんのお父さんだった


お兄さんに詰め寄っていた向日葵さんを宥めるように優しく声をかけた


「引き離そうと動いた目も
咄嗟のことに間に合わなかったんだ」


向日葵さんとよく似たお父さんの悔いるような悲痛な表情に胸が苦しくなった


・・・もう十分だ


あの瞬間を思い出すだけで身体が軋む


「向日葵さん」


だから、前に進みたい


「間に合わなかったのではなくて
あの日私は確かに助けられたんです
もちろん、私は出来た人間ではないから
あの女の人のことは許せないんですけど
痛かった記憶も怪我も、出来れば早く忘れたい
だから、向日葵さん。私の為にありがとうございます」


「花恋」


振り返った向日葵さんはやっぱり泣いていた


「ほら向日葵、花恋ちゃんは凄いな」


お父さんは沢山褒めてくれた


「花恋ちゃんは強い」


向日葵さんのご両親とお兄さんに
代わる代わる頭を撫でられているうちに


向日葵さんも落ち着いたようで

冷める前にと紅茶をいただくことにした


「サァ、もう二人にしてね」


あっという間に気持ちを切り替えた向日葵さんによって三人は部屋を追い出され


可愛らしいチーズケーキに二人で悶絶


「美味しいっ」
「でしょう」


十個もあると思っていたのに
それは瞬く間に二人の胃袋に収まった


「お兄さんって結婚してるんですね」


「そうなの、だから大家族」


「一緒に住んでるんですね」


「奏ちゃん家も大家族だったからね
二人だと嬉しいけど寂しいんだって」


「そうなんですね
ハッチの家も大家族でした」


「白夜は何故か同居が多いの」


まだ向日葵さんに話していない
自分のことも今日は話すつもりで来た


「向日葵さん」


「ん?」


「今日は私のことを向日葵さんに知って貰おうと思って」


「いいよ、話して」


「私・・・」
両親が亡くなって・・・と続けるつもりの口は


扉がノックされたことで閉じた


「は〜い」


「お邪魔するよ」


「なによ〜、もぉ、邪魔しないでっ」


再びのお父さんの登場に向日葵さんが頬を膨らませた


「大事な話」


部屋に入ってきたお父さんの後ろに
ついてきた男性を見て息を呑んだ


「なに、和哉まで」


納得していない様子の向日葵さんの向こう側


カズヤと呼ばれたその人は
私と目が合うと顔を歪ませて泣き出した


「え、なに、なんなの」


向日葵さんの声が遠くに聞こえる


「花恋」


落ちる涙を拭うことなく私の名前を呼んだその人は


もう二度と会えないと思っていた父だった