「さて、帰るか」


「へ?此処は?」


車が止まったからてっきりあの武家屋敷かと思っていた


「花恋が泣いたからな、記憶が戻ったんだと踏んで話をするための寄り道だ
せっかくだからついでに外に出るか」


エンジンを止めて降りたハッチは
助手席のドアを開けてくれた


「俺に捕まれ」


「ありがとうございます」


車高の低い車から降り立つのは大仕事
ハッチに捕まってどうにか外に出ると


磯の香りとともに海が見えた


「ワァ」


「綺麗だろ」


「小学校の遠足以来です」


「そうか」


「ありがとうございます」


泣いている私のために連れて来てくれたことが嬉しい

初恋が成就?


しかも相手は実は気配りの出来る人外で
武家屋敷の若様イケメンとかハードル高すぎる


「今、絶対妄想してたよな」


「そ、んな訳ありませんよっ」


恐るべし人外、脳内まで浸潤


「てか、そろそろ敬語外せよ」


「・・・え」


「距離を感じる」


「えっと」


「付き合ってんのに敬語とか変だろ」


「頑張り、る」


「クッ、あぁ、頑張れ」


失くした記憶は怪我の衝撃ではなくて
忘れたくなるほどの苦しい想いだった


それがどれだけ自分にとって大切なことなのか

取り戻してみて分かった


だから・・・


ちゃんと向き合いたい


「ハッチ」


「ん?」


「よろしく、ね?」


「あぁ」


海水浴には少しだけ早い海


寄せては返す波を見ているだけなのに
ハッチと居るだけで楽しい


不謹慎だけど


ギプスの外れる日まで
ハッチのそばに居られることに感謝しなきゃ


「あ」


「ん?」


大事なことを忘れていた


「就職、県外の企業を集めてましたっ」


「あ゛?」


「ゔぅ、脅さないで」


「不可抗力だ、で?県外で就職だと?」


「だって」


「だって?」


「ハッチから離れなきゃって」


「んだよ、花恋、可愛いな」


「えっと、どこが?」


「それって俺に女がいるから離れようって思ったってことだろ?」


「正解です」


「健気で可愛いじゃねぇか」


パチパチと瞬きしてみる


「・・・恥ずかしい」


「俺は嬉しいよ
花恋が俺を好きって分かるから」


「・・・っ」


今更ながらに頬に熱が集まってきた


「んな顔するなよ」


「顔は、こんな顔です」


ハッチみたいにイケメンじゃないと口を尖らせてみる

それを笑ったハッチは


「可愛いから押し倒したくなるって意味だ」


色気ダダ漏れの笑顔で片目を閉じた


「・・・っ」


鼻血、出るかも