「そんなに外が珍しいか?」


声を掛けられてハッとする
気がつけば運転席に背を向けるように身体を捩ってまで窓の外に夢中になっていた

振り返った途端にこちらを見るハッチと目が合った


「・・・ごめん、なさい」


「いや、謝れとは言ってないぞ?」


「あの・・・」


「ん?」


「ほぼ、初めて見る景色だったので
つい・・・」


尻すぼみになってしまった声も車内がシンとしている所為でハッチには届いた


「初めて、とは?」


「えと、入学以来初めてのお出かけで」


「は?花恋は出かけたことないのか?」


「あの、はい」


ここを掘り下げると亡くなった両親のことも話さなくてはいけない

そんな私を知ってか知らずか


「希少生物だな」


ハッチはいつものようにケラケラと笑った






・・・狡い



踏み込んできたり、気を利かせたり
ハッチは間の取り方が上手い


そんなハッチには全てを話しても良いはずなのに
曝け出して近付けばハッチのことだって知りたくなる

もっと距離を縮めたくなる


卒業で離れるつもりの私には
それは恐怖に思えて


境界線を越えられない


結局一番狡いのは私かもしれない


食い気味に景色を見ていた癖に
指摘されただけで瞳を泳がせる私を


ハッチの瞳が時折射抜いていたことに気づかないまま


「到着〜」


スポーツカーは中央図書館の駐車場に止まった


「降りる時はソコを握って」


細かくレクチャーしてくれるハッチに「ありがとうございます」とお礼を言って外に出た


「ワァ」


広い駐車場と近代的な建物
等間隔に植えられた大きな木と
ランダムに配置されたベンチ


噴水の出る中庭を囲む大きな窓


初めての図書館に圧倒される


「さぁ、行くぞ」


「はいっ」


足を一歩踏み入れるだけで、その静けさに背筋が伸びた


さりげなく繋がれた手は汗でもかいていないか心配でしかたない


向日葵さんに言われた通り
ハッチから離れないようにしたいから
グッと我慢をして


ハッチに引かれるまま館内を見て回る


「すごいですね」


囁きに近い小さな声でハッチを見上げると

高い位置から見下ろしながら「あぁ」と目を細めるから胸がトクンと跳ねる


一階を隈なく回り終えると階段を上がって吹き抜けから全体を見下ろしてみる


細かく区分された書棚が巨体迷路のように並んでいて写真に撮りたい気分になった


「気になるのあったか?」


「・・・はい」


「人外か?」


「・・・っ」


「ククッ」


階下を見下ろしているのにハッチとの手は離される気配もない

嬉しくもあり、恥ずかしくもあるそれを気にしていると


「俺、此処で見てるから
あそこ行ってこいよ」


繋いでいない方のハッチの長い指は小説が並ぶコーナーを差していた


「了解です」


「焦らなくていいからな」


「はい」


「ほら」と離された手からは一瞬で熱が逃げる


今度はその熱を少しでも残したくて
右手をギュッと握りしめた