090-XXXX-XXXX



十円玉を多めに用意して
付箋紙を見ながら慎重に番号を押す


(花恋か)


プルッと鳴る呼び出し音を聞くことなく
受話器の向こうから日曜日以来のハッチの声がした


「はい花恋です。ごめんなさい連絡が遅くなって」


(いや、良いんだ
申請に時間がかかったんだろ)


一瞬で電話に出てくれた事実だけで
私からの電話を待っていてくれたんだと自惚れたくなる

ここは少しも疑うことを知らないハッチの優しさに正直に話すべきだと思った


「ごめんなさい」

(それは申請が下りなかったということか?)

「そうではなくて。申請は下りました
あの・・・申請は日曜日のうちに許可印を貰ったんです」

(で?花恋の“ごめんなさい”は
やっぱり俺と出かけられないってことか?)

ハッチの甘くて低い声が急に寂しそうにも聞こえて胸が苦しくなった

「そうではなくて。申請が下りたのに
その、連絡を忘れてしまって」

(それなら良い。何かあったのかと心配はしたけど
別に怒るようなことじゃないからな)

ハッチは器も大きいらしい

「ありがとうございます」

(じゃあ予定通り十時に東白の図書館前に迎えに行くからな)

「はい。あの・・・」

(ん?)

「なにか用意するものはありますか?」

(・・・ん。いや、特にはないが
あ、図書館へ行くんだから、借りたい本ができた時のために身分証を持ってきたらどうだ?)

「分かりました。用意しておきますね」

(花恋)

「はい?」

(いつもより花恋が近くにいるみたいだな)

囁くようなハッチの甘い声に
瞬く間に頬が熱を持つ

ドキドキして見えないのに頷くだけで精一杯の私に

(楽しみにしてるからな。寝坊すんなよ
それから急に病欠は許さないからな
今夜から布団を頭まで被って寝ろよ)

矢継ぎ早に言葉を綴って笑わせた


・・・


「ハァ」


自室に戻ってベッドにダイブする
甘いハッチの声が耳に残って

煩い心臓は耳の奥にも二個目があるみたいに響いている


自覚した途端、膨らみ続ける想いは
どうにも止められそうもない


イケメンのハッチからすれば図書館友達の私なんて
その場限りの“ただの”友達


きっと好意を寄せられることなんて
日常茶飯事だろうから

もう少しだけ夢のような時間に居させて欲しい


「想うだけなら良いよね?」


誰に聞かせるでもない呟きを溢して
時間を潰すための問題集と向き合うべく起き上がった