「殺してないからね」


「・・・っ」


「クッ、花恋ちゃん顔に出過ぎ」


喉を鳴らして笑う来飛君を瞬きもせずに見る
その目が嘘をついているようには見えなくて肩の力が抜けた


「殺してないけど、もう二度と花恋ちゃんに手を出そうなんて思わない位の仕置きはした」


「それは・・・」


「教えられないけどね」


「・・・だよね」


「兄貴の名前を呼び捨てにして、自分が彼女だと喚いていた」


「・・・私も、聞いた」


「親父が姿を見せた時には必死で自分を正当化しようと御託を並べて
花恋ちゃんを突き落としてやったと誇らしげだった」


怪我をさせたことに罪悪感はなかったのだろうか
自分の思う常識とかけ離れた姿を想像するだけで身体が軋むような気がする


「ハッチは名前も知らないクラスメイトだったって」


「兄貴なら言いそうだね
徹底的に女を避けていても、勘違いする神経が図太い女は沢山いたけど
あの女は別格に頭がイカれてた」


「私、その人に会えますか?」


「え?なに、どういうこと?
花恋ちゃん、あの女に会いたいの?」


「会いたい、というか
私、初めて会ったのに、あの人の『永飛を返して』って言葉を信じてしまって」


「やり返しに行きたいってこと?」


「やり返しは無理ですけど、ハッチを信じられなかった自分が悔しいから・・・訂正したい」


「ブッ、ハハハ、こりゃ良い」


急に吹き出した来飛君は顔をクシャクシャにして笑い始めた


「え、変かな?」


「ブッ、だって、ハハハ、ねぇ
入院する程の怪我を負ったら、普通は怖くて会いたくないよ」


「私、普通じゃないのかな」


「いや、綿飴みたいに可愛いのに実は一本筋が通ってますってギャップ萌え」


「・・・ギャップ、萌え」


「褒めてるからね」


「・・・ハァ」


「てか、優等生に見えて実は男前って。血筋なのかな?」


「・・・父?」


「そうそう。花恋ちゃんも立派なヤクザの娘ってことだね」


記憶が戻ってから、例えどんなに謝罪をされても許さないと思ってきた

更には直接対峙して訂正したいと思う時点で

私は優等生ではないし父の血が多く流れているのかもしれない

心の奥にあるルーツは知らないうちにブレない芯として宿っていたのだろうか


「残念だけど。あの女にはもう会えないから、花恋ちゃんの仕返しは叶えてあげられない」


来飛君はそこまで言うとスッと目を細めた


「ただし、兄貴の唯一に手をかけたことで、後悔すら許されない絶望を味わってる
だから、花恋ちゃんは綺麗サッパリ忘れてくれると木村《うち》としても有難い」


肌がゾワリと粟立つような低い声に背筋が伸びる


ハッチと違って柔らかな雰囲気の来飛君からは想像できない冷たい空気に


これがハッチの家族の総意なら、私は怪我を治すことだけを考えるべきだと思った