「あ、あれは嘘で……!」
「行きたい場所があるは嘘でも、伝えたいことがあるはほんとだと思ってたのになあ」
にやり、と形の良い唇の端が斜めに上がる。
うっ……意地悪してる時の顔だ。
確かに伝えたい気持ちがあることは事実だけど、それを本当に伝える資格がわたしにはない。
「あの……それは……」
「なあ、抱きしめていい?」
「え……?」
わたしが返事をする前に彼がいつもつけているホワイトムスクの香水の匂いが鼻を掠め、ふわりと身体が温かいものに包まれた。
それが彼に抱きしめられているのだと理解するのに少し時間がかかった。
わたしの肩に顔を埋めている彼の柔らかい髪がわたしの首に触れてくすぐったい。
あの男に触られた時は寒気がするほど嫌だったのに今は彼の温もりに包まれているだけで心地よくて安心できた。
ああ、本当に好きだなあ。
気を緩めたら『好き』という言葉が口から零れ落ちてしまいそう。
「あのー……柊磨さん……?」
しばらく経ってもわたしから離れる様子もなく、何も言葉を話さない彼の背中をトントン、と軽く叩く。
「……無事でよかった」
小さく今にも消えそうなか細い声に胸がぎゅっと締め付けられて苦しくなる。



