アラームが鳴る前に目が覚めた。
侑芽はガバッと起き上がり時計を見ると、いつもより1時間早く起きていた。今日は土曜日。特に予定はないはずだった。しかし、今さっき特大の予定が出来てしまったので、起きて準備をすることにする。
ベットを降りると、昨夜と同じ場所でレムが寝息を立てている。
侑芽は起こさない様に小声で話しかける。
「レム。私もね、いつもレムの味方だよ。ありがとう。大好きだよ」
侑芽の言葉が聞こえているのかいないのか、レムは尻尾をピクリと動かすと、また眠ってしまった。
1階に降りて洗面所に入ると、お母さんがまだメイクをしている所だった。
「あら?侑芽ちゃん、今朝はずいぶん早起きなのねぇ」
「うん。なんか目が覚めちゃって。朝ごはんの準備手伝うよ」
「それは助かるわ〜。あ、そうそうレムどこに行ったか知らない?リビングにいないんだけど・・・」
「レムなら私の部屋にいるよ。昨日の夜来てくれたから一緒に寝たの」
「そうだった。レムが2階に行くなんて珍しいわね。じゃあ侑芽ちゃん、レムの寝言聞いた?」
「寝言?」
侑芽は首を傾げると、お母さんがフェイスパウダーを顔に乗せながらフフッと笑う。
「そう。お母さんが朝リビングに行く時はレムはまだ寝てるんだけど、たまにムニャムニャ言ってる時があるの。何だろうと思って調べたら、犬も人間みたいに夢を見て寝言を言う時があるんですって」
「へぇ〜。そうなんだ・・・」
侑芽は今までの夢中町での出来事を巡らせる。
(まさかね。だってあれは私の夢だもん。さすがに考えすぎか)
メイクが完了したお母さんが洗面所を譲ってくれたので、侑芽は顔を洗う為に蛇口に手をかけた。
##########
お昼頃、望夢から侑芽のスマホにメッセージが届いた。
『チョコのお返し渡したいから、どっかで待ち合わせしてもらっていい?』
そう。今日はバレンタインから丁度1ヶ月後。ホワイトデーだ。
律儀な望夢は毎年お返しをくれる。だから多分今年もスマホに連絡をくれるのではないかと期待していた。結果は幸いなことに思った通りだ。
もう昨日までの侑芽ではない。自分の気持ちに嘘は吐かない。
決闘に行くような面持ちで、侑芽は望夢に時間と場所を伝える返信を送った。
場所は望夢とよく行く森林公園の芝桜の広場にあるベンチにした。
春先は混雑する所だが、今の季節はあまり人がいない。しかも今日は駅の本屋で人気ミステリー作家のサイン会をやっているので、みんなそっちに行っているらしく誰もいなかった。侑芽としては実に好都合だ。
待ち合わせ場所に歩いていくと、先に望夢が来ていた。ベンチに座らずしゃがんで地面を見ている。虫か何かの観察をしているのだろう。
「お待たせ。何かいるの?」
望夢を上から覗き込む。
「ううん。蟻地獄が居るかなと思って・・・。まだもうちょい先だったかな」
望夢はスマホの操作をしながら立ち上がり、ポケットに直した。
「そういえば、侑芽は本屋のサイン会行かなくて良かったのか?今日だったよな?」
「大丈夫!午前の部にバッチリ行ってきたから!」
侑芽はポシェットから本をチラッと見せてピースサインをする。
「ははっ!そりゃ良かったな。あ、で、これがお返しな」
望夢はベンチの上に置いていた小さな紙袋を侑芽に渡す。それは少し前に侑芽と一緒に観に行った、推理小説が原作の映画に出てきたケーキ屋さんのマドレーヌだった。
「あ!これあの映画に出てきたお店のマドレーヌだ!ありがとう〜!
映画で話題になってから行列が出来てるってテレビでやってたけど、買うの大変だったんじゃない?」
「いや?公開してから結構経ってるし、割とすぐ買えたよ。侑芽、食べてみたいって言ってたから丁度いいかなと思って」
確かにあの映画を見た後、食べてみたいとは言った。しかしそんな些細な会話を覚えてくれている。こういう所だ。望夢のこういう所に侑芽はどうしようもなく惹かれるし、また自分と同じ気持ちでいてくれているのでは、と思ってしまうのだ。
「のんちゃんありがとうね。すごく嬉しいよ!」
「そりゃどうも。じゃあ今からどっか行く?それ常温OKだから持ったまま行けるけど、1回侑芽の家に寄って置きに行っても良いし・・・」
望夢がそう言いかけると、突然目の前に小さな紙袋がカットインしてきた。
「のんちゃん、実は私からも渡すものがあるの。これ受け取って欲しい」
「え?あぁ。うん」
勢いに押された望夢はその紙袋を受け取る。中を見ると、バレンタインデーに侑芽がくれたチョコレートと同じものが入っていた。包装紙はホワイトデー用の白いものに変わっていたが、中身は同じみたいだ。
「ん?ありがとうだけど・・・。何でまたくれるの?これバレンタインにも貰ったけど・・・」
「それはね。私あの時、嘘の証言をしちゃったから渡し直し」
「嘘?何が嘘?」
望夢は状況が飲みこめず、ポカンとした表情をしている。
侑芽は小さく息を吐く。真実を告白する犯人の様に、覚悟を決めて望夢の目を真っ直ぐ見つめた。
「義理チョコだって言ったけど、本当は・・・ほんとのほんとは、本命なの。大本命!今回だけじゃなくて、今までもずっと本命だったけど勇気が出なくて義理だって嘘ついてたんだ」
自分の心臓のバクバクが聞こえる。しかし、この際全部ぶちまけてしまおうと思う。今まで押さえてきた分、気持ちのタガが外れてしまった様だ。
「ずっと・・・ずっと好きだったの。のんちゃんのことが。でもそれを言ったら、気まずくなって友達ですらいられなくなるかもって。そう思ったら怖くなって・・・。だから隠していたの。
でも、もう嘘は吐きたくないから伝えようと思って。のんちゃんを困らせるのは分かってる。自分勝手な事をしているのも分かってる。だけど、そのチョコを受け取って欲しいの。今度は本命として・・・。ダメなら自分で食べるから返してくれたら良いから!・・・ど、どうかな?」
言った。全てを吐露した。もう自分には何も残っていない。言い終わったらさすがに望夢の目を見れず、下を向いてギュッと目を瞑った。後は野となれ山となれだ。
沈黙が流れる。多分実際には数秒間だが、侑芽にとっては永遠に感じるほどに長い。
手に汗を握りながら返事を待っていると、何やらガサゴソと音が聞こえてきた。
何かと思い、恐る恐る目を開けて上を向くと、望夢がチョコレートの包装紙を剥いて箱を開けていた。その中から1つ摘むと、そのまま口に放り込んだ。
「うまぁ。この前食べた時も思ったけど、ほんと美味しいわこのチョコ」
モグモグと口を動かす望夢を、今度は侑芽がポカンとした顔で見ている。
その顔を見ながら、望夢は照れた様にはにかんだ。
「まぁ、その、これが俺の返事。・・・ありがとう。これからもよろしくな」
そこで限界が来たのか、望夢は侑芽に背を向けて向こうを向いてしまった。
後ろから見える耳は茜色に染まっている。
意味を理解した侑芽は、パァーっと顔を明るくして望夢の前に周りこむ。
「ちょっ、今やばい顔してるから待って!」
「ダメダメ!だって今すごくのんちゃんの顔が見たいんだもん。嬉しくて」
「無茶言うなよ・・・。こっちは急な展開で動揺してるんだから」
それを聞いた侑芽は、望夢のくれたマドレーヌの紙袋を掲げてニコッと笑った。
「じゃあさ、とりあえず今から私の家に行って一緒にこのマドレーヌ食べようよ。そうすればのんちゃんの動揺も収まるんじゃない?」
「得意気に言うけどな〜。誰のおかげでこうなってると思ってるんだよ。
でも、その考えには賛成。行かせてもらうよ。久しぶりにレムにも会いたいし」
予定が決まり住宅街の方へ歩き出す。すると、急に望夢が右手で自分のほっぺたをグイッと引っ張った。
「のんちゃん?何してるの?」
「いや、夢なんじゃないかと思って。自分に都合が良すぎるから、実は夢でしたってオチならどうしようかと」
そう言う望夢に、侑芽はとびっきりの笑顔を向ける。
「夢じゃないよ!これは紛れもなく現実。だから安心して?」
侑芽の言葉に、望夢はほっぺたを引っ張っていた手を離してニヤリと口角を上げる。
「・・・どうやらそうみたいだな。良かったよ」
その後も、2人は笑い合いながらたわいもない話を続ける。
いつもより、少し近い距離で歩きながら。
「探偵は現実で捜査中」fin.
侑芽はガバッと起き上がり時計を見ると、いつもより1時間早く起きていた。今日は土曜日。特に予定はないはずだった。しかし、今さっき特大の予定が出来てしまったので、起きて準備をすることにする。
ベットを降りると、昨夜と同じ場所でレムが寝息を立てている。
侑芽は起こさない様に小声で話しかける。
「レム。私もね、いつもレムの味方だよ。ありがとう。大好きだよ」
侑芽の言葉が聞こえているのかいないのか、レムは尻尾をピクリと動かすと、また眠ってしまった。
1階に降りて洗面所に入ると、お母さんがまだメイクをしている所だった。
「あら?侑芽ちゃん、今朝はずいぶん早起きなのねぇ」
「うん。なんか目が覚めちゃって。朝ごはんの準備手伝うよ」
「それは助かるわ〜。あ、そうそうレムどこに行ったか知らない?リビングにいないんだけど・・・」
「レムなら私の部屋にいるよ。昨日の夜来てくれたから一緒に寝たの」
「そうだった。レムが2階に行くなんて珍しいわね。じゃあ侑芽ちゃん、レムの寝言聞いた?」
「寝言?」
侑芽は首を傾げると、お母さんがフェイスパウダーを顔に乗せながらフフッと笑う。
「そう。お母さんが朝リビングに行く時はレムはまだ寝てるんだけど、たまにムニャムニャ言ってる時があるの。何だろうと思って調べたら、犬も人間みたいに夢を見て寝言を言う時があるんですって」
「へぇ〜。そうなんだ・・・」
侑芽は今までの夢中町での出来事を巡らせる。
(まさかね。だってあれは私の夢だもん。さすがに考えすぎか)
メイクが完了したお母さんが洗面所を譲ってくれたので、侑芽は顔を洗う為に蛇口に手をかけた。
##########
お昼頃、望夢から侑芽のスマホにメッセージが届いた。
『チョコのお返し渡したいから、どっかで待ち合わせしてもらっていい?』
そう。今日はバレンタインから丁度1ヶ月後。ホワイトデーだ。
律儀な望夢は毎年お返しをくれる。だから多分今年もスマホに連絡をくれるのではないかと期待していた。結果は幸いなことに思った通りだ。
もう昨日までの侑芽ではない。自分の気持ちに嘘は吐かない。
決闘に行くような面持ちで、侑芽は望夢に時間と場所を伝える返信を送った。
場所は望夢とよく行く森林公園の芝桜の広場にあるベンチにした。
春先は混雑する所だが、今の季節はあまり人がいない。しかも今日は駅の本屋で人気ミステリー作家のサイン会をやっているので、みんなそっちに行っているらしく誰もいなかった。侑芽としては実に好都合だ。
待ち合わせ場所に歩いていくと、先に望夢が来ていた。ベンチに座らずしゃがんで地面を見ている。虫か何かの観察をしているのだろう。
「お待たせ。何かいるの?」
望夢を上から覗き込む。
「ううん。蟻地獄が居るかなと思って・・・。まだもうちょい先だったかな」
望夢はスマホの操作をしながら立ち上がり、ポケットに直した。
「そういえば、侑芽は本屋のサイン会行かなくて良かったのか?今日だったよな?」
「大丈夫!午前の部にバッチリ行ってきたから!」
侑芽はポシェットから本をチラッと見せてピースサインをする。
「ははっ!そりゃ良かったな。あ、で、これがお返しな」
望夢はベンチの上に置いていた小さな紙袋を侑芽に渡す。それは少し前に侑芽と一緒に観に行った、推理小説が原作の映画に出てきたケーキ屋さんのマドレーヌだった。
「あ!これあの映画に出てきたお店のマドレーヌだ!ありがとう〜!
映画で話題になってから行列が出来てるってテレビでやってたけど、買うの大変だったんじゃない?」
「いや?公開してから結構経ってるし、割とすぐ買えたよ。侑芽、食べてみたいって言ってたから丁度いいかなと思って」
確かにあの映画を見た後、食べてみたいとは言った。しかしそんな些細な会話を覚えてくれている。こういう所だ。望夢のこういう所に侑芽はどうしようもなく惹かれるし、また自分と同じ気持ちでいてくれているのでは、と思ってしまうのだ。
「のんちゃんありがとうね。すごく嬉しいよ!」
「そりゃどうも。じゃあ今からどっか行く?それ常温OKだから持ったまま行けるけど、1回侑芽の家に寄って置きに行っても良いし・・・」
望夢がそう言いかけると、突然目の前に小さな紙袋がカットインしてきた。
「のんちゃん、実は私からも渡すものがあるの。これ受け取って欲しい」
「え?あぁ。うん」
勢いに押された望夢はその紙袋を受け取る。中を見ると、バレンタインデーに侑芽がくれたチョコレートと同じものが入っていた。包装紙はホワイトデー用の白いものに変わっていたが、中身は同じみたいだ。
「ん?ありがとうだけど・・・。何でまたくれるの?これバレンタインにも貰ったけど・・・」
「それはね。私あの時、嘘の証言をしちゃったから渡し直し」
「嘘?何が嘘?」
望夢は状況が飲みこめず、ポカンとした表情をしている。
侑芽は小さく息を吐く。真実を告白する犯人の様に、覚悟を決めて望夢の目を真っ直ぐ見つめた。
「義理チョコだって言ったけど、本当は・・・ほんとのほんとは、本命なの。大本命!今回だけじゃなくて、今までもずっと本命だったけど勇気が出なくて義理だって嘘ついてたんだ」
自分の心臓のバクバクが聞こえる。しかし、この際全部ぶちまけてしまおうと思う。今まで押さえてきた分、気持ちのタガが外れてしまった様だ。
「ずっと・・・ずっと好きだったの。のんちゃんのことが。でもそれを言ったら、気まずくなって友達ですらいられなくなるかもって。そう思ったら怖くなって・・・。だから隠していたの。
でも、もう嘘は吐きたくないから伝えようと思って。のんちゃんを困らせるのは分かってる。自分勝手な事をしているのも分かってる。だけど、そのチョコを受け取って欲しいの。今度は本命として・・・。ダメなら自分で食べるから返してくれたら良いから!・・・ど、どうかな?」
言った。全てを吐露した。もう自分には何も残っていない。言い終わったらさすがに望夢の目を見れず、下を向いてギュッと目を瞑った。後は野となれ山となれだ。
沈黙が流れる。多分実際には数秒間だが、侑芽にとっては永遠に感じるほどに長い。
手に汗を握りながら返事を待っていると、何やらガサゴソと音が聞こえてきた。
何かと思い、恐る恐る目を開けて上を向くと、望夢がチョコレートの包装紙を剥いて箱を開けていた。その中から1つ摘むと、そのまま口に放り込んだ。
「うまぁ。この前食べた時も思ったけど、ほんと美味しいわこのチョコ」
モグモグと口を動かす望夢を、今度は侑芽がポカンとした顔で見ている。
その顔を見ながら、望夢は照れた様にはにかんだ。
「まぁ、その、これが俺の返事。・・・ありがとう。これからもよろしくな」
そこで限界が来たのか、望夢は侑芽に背を向けて向こうを向いてしまった。
後ろから見える耳は茜色に染まっている。
意味を理解した侑芽は、パァーっと顔を明るくして望夢の前に周りこむ。
「ちょっ、今やばい顔してるから待って!」
「ダメダメ!だって今すごくのんちゃんの顔が見たいんだもん。嬉しくて」
「無茶言うなよ・・・。こっちは急な展開で動揺してるんだから」
それを聞いた侑芽は、望夢のくれたマドレーヌの紙袋を掲げてニコッと笑った。
「じゃあさ、とりあえず今から私の家に行って一緒にこのマドレーヌ食べようよ。そうすればのんちゃんの動揺も収まるんじゃない?」
「得意気に言うけどな〜。誰のおかげでこうなってると思ってるんだよ。
でも、その考えには賛成。行かせてもらうよ。久しぶりにレムにも会いたいし」
予定が決まり住宅街の方へ歩き出す。すると、急に望夢が右手で自分のほっぺたをグイッと引っ張った。
「のんちゃん?何してるの?」
「いや、夢なんじゃないかと思って。自分に都合が良すぎるから、実は夢でしたってオチならどうしようかと」
そう言う望夢に、侑芽はとびっきりの笑顔を向ける。
「夢じゃないよ!これは紛れもなく現実。だから安心して?」
侑芽の言葉に、望夢はほっぺたを引っ張っていた手を離してニヤリと口角を上げる。
「・・・どうやらそうみたいだな。良かったよ」
その後も、2人は笑い合いながらたわいもない話を続ける。
いつもより、少し近い距離で歩きながら。
「探偵は現実で捜査中」fin.


