事務所まで送ってもらった侑芽とレムは、礼を述べて車を降りる。警部と歌田はそのまま仕事に戻るそうだ。
遠ざかっていく車を見送ってから、2人は事務所に入る。
並んでソファに座った所で、レムは侑芽に微笑みかけた。

「侑芽ちゃんが今回はサービス問題だと言っていた意味が分かりましたよ。望夢君が昆虫採集に行く時の荷物と同じだったからすぐに分かったんですね」

それを聞いた侑芽はレムを一瞥すると、小さく笑ってまた正面を向いた。

「うん。この前のんちゃんが部活で裏山に行った時も同じような荷物持ってたから。多分それが夢に反映されたんだろうね」

ふふっと笑いながら
楽しそうに話す侑芽を見て、レムは目を細めた。

「・・・それにしても、侑芽ちゃんは本当に望夢君のことが好きなんですねぇ」

レムによる突然の衝撃発言に、驚いた侑芽はソファから落っこちそうになった。

「な、ななな何言ってるのレム!?」

「え〜だってそうじゃないですか。相手がいつも何を持っているかなんて、よく見て記憶しておかないと分からないですよ。相手に対して好意がないとそんなことできないんじゃなですか?」

「そ、それは昔からよく一緒に山に行ってたから自然に覚えていただけで・・・」

「でも侑芽ちゃん、望夢君と山に行っても本を読んでいるんでしょう?一緒に採集しているわけじゃないなら、興味を持ってわざわざ観察しているってことですよね?」

「いや、あの、そうじゃなくて、・・・準備!採集に行く時の前日準備を手伝うことがあったから。別にのんちゃんを観察していたわけじゃないし・・・。
と、とにかく、私とのんちゃんは友達同士!それ以上でもそれ以下でもないよ」

夢は大きい身振り手振りで必死に説明する。レムは納得いかない顔をしていたが、とりあえずは追撃の矛を納めてくれた。
侑芽はホッと胸を撫で下ろす。

(なんか、初めて推理で追い詰められる犯人の気持ちが分かった気がする・・・)

そんなことを思い、こっそり汗を拭う。そして助け舟のように、視界に白い霧がかかり始めた。

「あ、ほら、もう時間みたい!レム、またあとでお散歩の時にね。だいぶ寒くなってきたから、いつもより少し遅めの時間にお散歩行こうね」

「・・・はい。侑芽ちゃんも風邪引かないように気を付けてくださいね」

「ありがとう!じゃっ、じゃあまたあとでね!」

侑芽は早口でそう言うと、レムの方は見ずに目をギュッと閉じて起床するのを待った。



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目が覚めて現実の世界に戻ってきた侑芽は、ベットから降りてレムがいるリビングへと向かう。ドアを開けてそーっと中を覗くと、クッションの上で寝転んでいるレムと目があった。
夢の中のレムと現実のレムは関係ないはずなのに、心なしかいつもより不機嫌そうな顔をしているように見える。侑芽の先入観がそう見せているだけだろうが。

「えっと、レムさん?先ほどはそっけなく帰ってしまい、すみませんでした・・・。今日のお散歩はレムの好きなお花の道で行くから機嫌直して。ね?」

そう言いながらお詫びにレムを撫でる。それはもう余す所なくしっかりと撫でる。
そこまでした所で、ようやくレムの表情は柔らかくなった。

お散歩を終えたあと朝ごはんを食べ、侑芽は学校に登校する。
家の門を出ると、丁度望夢が道の向こうから歩いてくるのが見えた。夢のことがあり一瞬ドキッとしたが、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。なんとか平静を保った。

「のんちゃんおはよう!なんか今日は眠そうだね?」

「おう、おはよう。うん、昨日の夜に部活のみんなと先生でライトトラップを仕掛けに行ってたから。今日は放課後に観察した結果をみんなでまとめてデータ化するんだ」

望夢はあくびを噛み殺しながら答える。
そこから侑芽と望夢は並んで歩く。望夢は部活があるし、侑芽は図書委員会の仕事があるのでいつも一緒に登下校するわけではないが、たまに時間が合うとこうして一緒に歩くことがある。
少し歩いた所で侑芽は周りをキョロキョロと見渡す。同じ学校の生徒がいないことを確認すると声を潜めて望夢に話しかけた。

「のんちゃん。今年も『あれ』用意したから、放課後渡すね」

普通は『あれ』では何のことか分からないが、今日なら大体の人が分かるだろう。今日は2月14日。バレンタインデーなのだ。

「お、毎年悪いな。侑芽の義理チョコのおかげで、なんとか0個をまぬがれているよ。ありがとうな」

望夢は頭をかきながら照れ臭そうに笑う。
小学校の低学年くらいから、侑芽は毎年バレンタインデーに望夢へチョコレートを渡していた。その頃は普通に友達の前で渡していたが、高学年になって年頃になると何だか恥ずかしくなってきたので、こうして放課後にこっそり渡している。

「溶けないように家の冷蔵庫に入れているから、1回帰ったあとお家に渡しに行って大丈夫?それかのんちゃんが部活終わるまで待ってようか?私、今日は図書室の貸し出し当番だからそんなに帰る時間変わらないと思うし」

「じゃあ、ごめんだけど待っといてくれる?うちに来てもらったら、母さんが妙な誤解をしてお祭り騒ぎをしそうだからな・・・」

やれやれ、と望夢は首を振る。用意に想像できるその様子に、侑芽はクスクスと楽しそうに笑った。



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放課後。
侑芽は図書室のカウンターに座り、推理小説を読んでいた。現在図書室には侑芽以外誰もいない。
(人が来ない時は好きな本を読んで良いことになっているのだ)
ふと時計を見ると、そろそろ図書室を閉める時間になっていた。
本を閉じてゆっくりと背伸びをする。立ち上がって本を棚に戻し、窓際に近付く。

「帰る前に空気の入れ替えをしておこうかな」

窓を開けると冬の冷たい風が入って来た。3階にある図書室のこの窓からは体育館裏が見える。侑芽は手を擦り合わせながらバスケ部やバレー部の掛け声に耳を傾け、青紫色になった空を眺める。
そして何気なく視線を下に落とすと、花壇の前に望夢が1人で立っているのを見付けた。

(あれ、あそこで何やってるんだろう?もしかして花壇にいる虫の観察かな)

声をかけようとしたその時、もう1人の人影を捉えた。侑芽はすんでの所で口をつぐむ。
その人物は隣のクラスの女の子だった。その子が望夢に話しかける。2人の会話までは聞こえない。

(何だろう・・・。何の話しているのかな)

わけもなく心がザワザワしてくる。なぜか押し寄せてくる不安に侑芽は思わず手を握った。しかし、何となくの予感はある。俗に言う女の勘というやつなのか。まだ中学生とはいえ、侑芽にもその勘は確かに備わっていた。

そしてこう言う時、それは大概当たるのだった。

女の子は望夢に紙袋を差し出した。
望夢は一瞬固まったあと、何かを言った。その後2人は少し話をして、最終的に望夢はその紙袋を受け取った。

侑芽はそこまで見ると、音がしないようにゆっくりと窓を閉める。
貸し出しカウンターの所まで来て帰り支度をしようとしたが、脱力したように椅子に座ってしまった。

(あれって、チョコレートだよね。あそこで渡すってことは多分本命だよね。そしてのんちゃんそれ受け取っていたよね・・・)

頭の中でさっき見た情報を整理する。ぐるぐると回る思考は的確に答えを導き出していた。



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実は望夢が告白されているのを見たのは今日が初めてではない。
去年の秋頃。委員会が長引いて電車の時間に遅れそうになった時に、急いで帰ろうと下駄箱を開けたら間違って1つ上の望夢の下駄箱を開けてしまった時があった。
そしたら中には桜色の封筒が入っており、表には『宇筒望夢君へ。返事をもらえたら嬉しいです』と可愛らしい丸い字で書いてあるのが見えた。
侑芽はすぐに扉を閉めたが、探偵業で鍛えられた記憶力と観察力はこんな時にも発揮されてしまい、これがラブレターだと言うことは容易に推測できた。
もちろん、このことを侑芽は望夢に言わなかったし、望夢も何も言わなかった。
その後の望夢の様子的には彼女がいそうな雰囲気はなかったが、今現在でもあのラブレターについては何も聞いていない。

そして今回はダイレクトに現場を見てしまった。推理などする必要もなく、あれは間違いなく告白だ。あのシチュエーションではさすがに「代わりにチョコを渡しといてください」はないだろう。
侑芽は元気なく、トボトボと昇降口に向かう。ここにあるベンチで望夢と待ち合わせをしているのだ。
ホール状になっている昇降口はガラス張りで、外がよく見える。青紫だった空はすっかり暗くなっていた。そろそろ部活が終わって絶対下校の時間だ。

(・・・のんちゃん、告白の返事どうしたんだろう。というか私、ここで待ってて良いのかな?告白にOKしていたとしたら、あの子と帰るだろうから私いたら邪魔じゃない?帰った方が良いのかな・・・)

どうしようと迷っていると、階段の方から足音が聞こえてきた。視線を向けると望夢と同じ生物部に所属している男の子だった。

「あれ?越智さん。こんな所で何やってるの?」

「えっと、ちょっと待ち合わせしててね・・・」

「あ、そっか望夢か。部活そろそろ終わるからもうちょいで来ると思うよ」

それを聞いた侑芽は咄嗟に、やっぱり帰ろうと思った。

「あのっ待ち合わせをね、してたんだけど急に帰らないといけない用事ができたから先に帰るねって、のんっ・・・宇筒君に伝えてもらっても良いかな?」

望夢の呼び方に気を付けながらお願いする。

「うん・・・分かったよ。でもホントにもうすぐ来ると思うけど良いの?」

「うん。伝言頼んじゃってごめんね。じゃあよろしく。バイバイ」

そう言って侑芽は上履きからローファーに履き替えると、足早に外に出た。
校門を出た頃にはもうほとんど走っているような状態だった。
告白をOKしたにしても断ったにしても、今は望夢に会ってどんな顔をしたら良いのか分からなかった。どう取り繕っても顔に出そうだ。
侑芽は探偵として嘘を見抜くのは得意だが、嘘を吐くのは本来苦手なのだ。
かと言って「告白されてたじゃん!なんて答えたの?」と開き直って明るく聞くことなんてもっと無理だ。なら今はとりあえず帰って心を落ち着けた方が良い。
そうすれば明日には多少平静を装えるだろう。

(本命もらえたら義理チョコはいらないもんね・・・。自分で食べようかなぁ)

間違っても望夢に追いつかれないように急いで走っていたが、インドア派の侑芽には急な走りはキツかった。息があがる。
駅が見えてきた所でようやく歩を緩める。あとは電車に乗ってしまえば大丈夫だ。
そう思っていた時、背後から誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。

「ゆっ・・・侑芽!なぁ、侑芽ってば!」

名前を呼ばれた上に肩を叩かれた。驚いて振り向くと、ゼエゼエと荒い呼吸をしている望夢が立っていた。

「え!?のんちゃん!?なんで・・・走ってきたの?」

「はぁ、はぁ。そう・・・。どうしたんだよ急用って。スマホも繋がんないし、なんかあったのか?」

そう言われて侑芽は慌ててスカートのポケットからスマホを取りだす。画面を確認すると、電源が切れていた。侑芽たちの学校では校内ではスマホの電源を切っておくのがルールなのだが、急いで出てきてしまったのでONにするのを忘れていたのだ。

「ごめん。電源入れるの忘れてたみたい・・・」

「あ、そうか・・・。とりあえず駅に入ろう。急用なんだろ?早く行こう」

どうやら侑芽に何かあったのではと心配してくれていたらしい。申し訳なさと嘘を吐いている罪悪感で望夢の顔をまともに見れない。
とりあえず改札を通ってホームに上がる。1番早い電車が来るまであと10分だった。ベンチに並んで座り、電車を待つ。

「あの、のんちゃんごめんね。急用っていうのはその・・・、今日!駅の本屋さんで私の好きな作家さんがサイン会をやるっていうのを思い出したの。それで慌てて出たんだけど、さっき調べたら来月の勘違いだったんだ」

全部が嘘ではない。来月サイン会があるのは本当だ。侑芽が捻り出せる嘘はこれが精一杯だった。

「なーんだ。心配して損したな。まぁなんもなくて良かったけど。侑芽らしい理由だな」

侑芽を責めることもせず、笑っている望夢を見て胸がチクリと痛む。
まもなく電車が来て乗り込む。最寄り駅に着いて降りてからも2人は何気ない会話を続ける。
しかし、望夢はやはりさっきの体育館裏での出来事を言わない。様子も特に変わりがない。あの紙袋を持っていない所を見ると、背負っているリュックに入れているのだろうか。
どうにも現実では推理が上手くいかない。やはり夢中町でないと事件は解決出来ないみたいだ。侑芽は現実の難しさにただただ俯くしかなかった。
そうこうしている内に侑芽の家に着いた。望夢にバイバイを言おうと顔を上げると、望夢はマフラーで口元を隠しながら笑う。

「じゃあここで待ってるから。悪いけど持ってきて」

一瞬なんのことを言われているか分からなかったが、すぐに思い出した。侑芽のチョコレートのことを言っているのだ。望夢が追いかけてきた驚きで忘れかけていた。

「あ、うん。すぐ持ってくるね」

寒い中待たせるのは悪いので、急いで家に入る。冷蔵庫から人気洋菓子店のトリュフチョコレートを出す。綺麗にラッピングされたそれは、侑芽が隣町まで出て購入したものだ。
望夢の所に戻り、チョコレートの入った紙袋を渡す。

「はい、のんちゃん。ハッピーバレンタイン。今年のも美味しいよ」

いつも通りの笑顔と言葉を心がけて渡す。受け取った望夢は嬉しそうに中を見た。

「うわ〜美味そう!ありがとうな。これで今年も安泰だわ」

あちゃらけて言う望夢に、侑芽は曖昧な笑みしか返せない。

(こんなのなくても、ちゃんとしたのもらってたのに・・・)

そのあとも少し話をして、望夢は帰っていった。
家に入ってからは、家族でご飯を食べてお風呂に入り、宿題、テレビ、読書といつも通り過ごしたつもりだが、どうも心ここにあらずになってしまう。
そんな侑芽の様子をレムがリビングから心配そうに見ていた。