一方その頃、部室の外の物陰では。
「・・・侑芽ちゃん、そろそろ涙は止まりましたか?」
レムは困った笑みで侑芽を見つめる。
その侑芽は、レムに借りたハンカチを握り締めながら号泣していた。
「うぅ・・・。無理ぃ。涙止まんないよぅ。
あ〜、杏奈さん良かったなぁ〜。あの2人なら大丈夫だとは思っていたけど、目の当たりにしたら感動しちゃって・・・」
「本当に良かったですよね。でも、ここにいたらお2人と鉢合わせしてしまいますから、ひとまず、駅に向かいましょうか」
「うん・・・。それもそうだね。ごめん、レム。ハンカチちゃんと洗って返すから」
「お気になさらず。侑芽ちゃんが良ければ差し上げますよ」
「そう?ごめん、ありがとうね」
侑芽は立ち上がり、もう一度だけ部室の中に目を向ける。
幸せそうに笑い合う杏奈と慎也を見て、こちらも笑顔になってしまう。
「お幸せに」と小声でお祝いの言葉を贈った。
##########
大学を出て、幻想駅に向かって歩いている頃には、侑芽の涙もようやく止まっていた。
その道中にベンチのある公園があったので、並んで腰を下ろす。心地良い朝の風が吹いて、2人の髪を揺らした。
「ところで気になっていたんですが」
レムがおもむろに口を開く。
「侑芽ちゃんは一体どこで慎也さんの嘘の理由に気付いたんですか?気付いていたからこそ、『あの2人なら大丈夫』と言ったんでしょう?」
「あぁそれは」
侑芽は少し赤くなった鼻をスンッと鳴らした。
「杏奈さん、運転免許の更新が来月に迫ってるって言ってたでしょ?免許の更新は締切日を忘れないように、本人の誕生日に設定されることが多いの。
だから杏奈さんはもうすぐ誕生日なのかなって。
それで免許証見せてもらったら、やっぱりそうだったの」
「あぁ、なるほどそれで。いつもは身分証の確認なんてしないのに、どうしてかなと思ったんですよ。なかなかの策士ですね侑芽ちゃん」
レムにそう言われて、侑芽はイタズラっぽく笑った。
「あとは、バイトや大学が忙しいという理由で誘いを断られること。なんとなくよそよそしいこと。慎也さんは嘘を吐くのが苦手であること。
このあたりを総合して推理すると、バイトを増やしているのは本当で、多分プレゼントを買うため。よそよそしいのは、サプライズにするためにこのことを隠しているからなんじゃ無いかと思ったの。
で、それを確信したのは、慎也さんがお似合いの雰囲気の女性と歩いていたという杏奈さんの証言」
「でも、なんでその情報で?」
「よくよく考えたら、恋人いる人が他の誰かとこっそりデートするとして、平日の朝に駅前でなんて変じゃ無い?
私もあんまり分からないけど、ドラマとかでは夜更けに恋人に見つからないようにこっそり会ったりするのに。
いくら最寄駅から離れているって言っても、バッタリ出くわす確率が高いよ。だからこの女性はそういうやましい事情が一切無い人物なんだろうなと。
お似合いってことは、言い換えれば雰囲気が似ているとも取れるでしょ?それはもしかしたら血縁者だからなのかなって思ったんだよ。多分、プレゼント選びに付き合ってもらったんだろうなって。
それに夢中駅には、前の泥棒事件でも関わった、あの宝石店があるしね」
「じゃあ、杏奈さんが依頼しに来た日に、侑芽ちゃんが掛けていた電話は・・・・」
「そう。この宝石店に掛けたんだよ。オーナーはこの2人のことを覚えていたの。
『彼女の誕生日に指輪を贈りたいけど、自分はこの手のことは分からないから、いとこに付いてきてもらった』って照れくさそうに話していたんだって。
でもまさかプロポーズまでするとは私も思ってなかったから、驚いたけどね」
「でも、それならそうと僕にも教えてくれたら良いのに。アリバイ崩しの真相はなんとなく分かってましたから良いですけど」
そう言うと、レムは唇を尖らせて拗ねたような顔になった。
「ごめんね。一応サプライズみたいだったし、知ってる人は少ない方が良いと思って。
それに、私は恋愛の推理は自信が無いからオーナーの証言があったとはいえ、全部合ってるか自信が持てなかったの。
レムを仲間外れにした訳じゃないよ。ごめんね。よしよし」
侑芽が訳を説明し、手を伸ばしてレムの頭を撫でる。
こうされては、レムも機嫌を直すしかなかった。
「・・・まぁでも、色々それっぽい根拠は言ったけど、最初からなんとなく慎也さんは杏奈さんを裏切るような人じゃないと思ったんだよね」
「それはなぜですか?」
問われた侑芽は、背筋を伸ばしてはにかむ。
「話を聞く限り、慎也さんはのんちゃんに似てる感じがしたの。大好きなものに一途な所とか、優しい所とか。だから誰かを傷つけるようなことはしないと思ったんだ」
望夢みたいな人なら、悪い人ではない。
全く論理的じゃない理由だが、実は侑芽にとってはこれが1番の大きな理由だった。
レムはそれを聞くと、嬉しそうに目を細めた。
「なるほど。これ以上ない理由ですね。
でもそれを言うなら、杏奈さんは侑芽ちゃんに似ていると僕は思いますよ」
「え〜。私、杏奈さんみたいに大人可愛くないよ?」
「何を言ってるんですか。侑芽ちゃんもとっても可愛いですよ。でも、今僕が言っているのは外見のことではなくて、中身というか、心のことですよ」
「心?」
「そうです。気遣い屋で思いやりがある。でもたまに考えすぎてしまう所とか。
でも1番そっくりなのは、笑顔の雰囲気ですね。杏奈さんが慎也さんのことを話している時の笑顔。あれは望夢くんのことを僕に話している時の侑芽ちゃんの笑顔にそっくりです」
それを聞いて侑芽はドキッとした。
杏奈さんのあの笑顔をどこかで見たような気がしていたのだ。
それは寝る前に『今日のんちゃんと映画に行ったよ』『明日は森林公園にのんちゃんと行くんだ』とレムに話している時に、ゲージのうしろにある窓に反射した自分の笑顔だったのだ。
「そ、そうだったかな?ま、まぁ私とのんちゃんも幼馴染だし、関係性は似てるかもね。
でも、私たちは杏奈さんたちと違って友達同士だからそこは当てはまらないけど!」
「・・・そうですね。確かに」
レムはまだ何か言いたげな表情だが、黙って微笑むだけにとどめる。
その笑顔を見たら、なぜだか分からないが居心地が悪くなってきたので、侑芽は立ち上がった。
「ほら、レム。そろそろ行こう。
今はスマホがないから、駅で電車の時間を調べないとね!」
「分かりました。行きましょう」
駅に向かう間、侑芽は先ほどよりほんの少し、早足になる。
なぜそうなるのかは自分にも分からなかった。
幻想駅のホームに到着し、時刻表を確認していると、不意にアナウンスが響いた。
『まもなく、1番線に、まこと駅行きの電車が参ります。黄色い線の内側へお下がりください。
なお、この電車には越智侑芽さん以外の方はご乗車にならないようお願いします』
「え!まこと駅って現実世界の私の最寄駅だ。
へぇ〜。今回はこんな帰り方なんだね」
「珍しいですね。あの霧以外の帰り方があるとは新発見です」
2人は楽しそうに笑い合う。
ほどなくして、1番線に入ってきた電車に侑芽が乗り込む。
レムはホームに残って見送りだ。
「では、侑芽ちゃん。今回も見事な推理でした。
今日も1日、楽しく過ごしてくださいね」
「ありがとうレム。今日はお父さんがお散歩行ってくれるみたいだから、よろしくね」
発車のベルが鳴り響き、ドアが閉まる。
やがて電車がゆっくりと動き出した。
侑芽はレムに手を振り、レムも手を振り返す。
レムの姿が見えなくなるまで外を見ていると、景色にだんだんあの霧がかかり始め、霞んできた。
周りを見渡すと、侑芽以外には当然誰もいない。貸切状態の車内で適当な座席に腰を下ろす。
心地よい揺れに身を任せていると、次第に眠気がやってきた。
(・・・そうだ、今日はのんちゃんと出かける日だったな。新しく買ったスニーカーおろそうっと)
ぼんやりとそんなことを考えていると、侑芽の意識は遠くなっていった。
電車はそのまま、侑芽を現実の世界へと運んでいった。
「通り抜けたアリバイ」fin.
「・・・侑芽ちゃん、そろそろ涙は止まりましたか?」
レムは困った笑みで侑芽を見つめる。
その侑芽は、レムに借りたハンカチを握り締めながら号泣していた。
「うぅ・・・。無理ぃ。涙止まんないよぅ。
あ〜、杏奈さん良かったなぁ〜。あの2人なら大丈夫だとは思っていたけど、目の当たりにしたら感動しちゃって・・・」
「本当に良かったですよね。でも、ここにいたらお2人と鉢合わせしてしまいますから、ひとまず、駅に向かいましょうか」
「うん・・・。それもそうだね。ごめん、レム。ハンカチちゃんと洗って返すから」
「お気になさらず。侑芽ちゃんが良ければ差し上げますよ」
「そう?ごめん、ありがとうね」
侑芽は立ち上がり、もう一度だけ部室の中に目を向ける。
幸せそうに笑い合う杏奈と慎也を見て、こちらも笑顔になってしまう。
「お幸せに」と小声でお祝いの言葉を贈った。
##########
大学を出て、幻想駅に向かって歩いている頃には、侑芽の涙もようやく止まっていた。
その道中にベンチのある公園があったので、並んで腰を下ろす。心地良い朝の風が吹いて、2人の髪を揺らした。
「ところで気になっていたんですが」
レムがおもむろに口を開く。
「侑芽ちゃんは一体どこで慎也さんの嘘の理由に気付いたんですか?気付いていたからこそ、『あの2人なら大丈夫』と言ったんでしょう?」
「あぁそれは」
侑芽は少し赤くなった鼻をスンッと鳴らした。
「杏奈さん、運転免許の更新が来月に迫ってるって言ってたでしょ?免許の更新は締切日を忘れないように、本人の誕生日に設定されることが多いの。
だから杏奈さんはもうすぐ誕生日なのかなって。
それで免許証見せてもらったら、やっぱりそうだったの」
「あぁ、なるほどそれで。いつもは身分証の確認なんてしないのに、どうしてかなと思ったんですよ。なかなかの策士ですね侑芽ちゃん」
レムにそう言われて、侑芽はイタズラっぽく笑った。
「あとは、バイトや大学が忙しいという理由で誘いを断られること。なんとなくよそよそしいこと。慎也さんは嘘を吐くのが苦手であること。
このあたりを総合して推理すると、バイトを増やしているのは本当で、多分プレゼントを買うため。よそよそしいのは、サプライズにするためにこのことを隠しているからなんじゃ無いかと思ったの。
で、それを確信したのは、慎也さんがお似合いの雰囲気の女性と歩いていたという杏奈さんの証言」
「でも、なんでその情報で?」
「よくよく考えたら、恋人いる人が他の誰かとこっそりデートするとして、平日の朝に駅前でなんて変じゃ無い?
私もあんまり分からないけど、ドラマとかでは夜更けに恋人に見つからないようにこっそり会ったりするのに。
いくら最寄駅から離れているって言っても、バッタリ出くわす確率が高いよ。だからこの女性はそういうやましい事情が一切無い人物なんだろうなと。
お似合いってことは、言い換えれば雰囲気が似ているとも取れるでしょ?それはもしかしたら血縁者だからなのかなって思ったんだよ。多分、プレゼント選びに付き合ってもらったんだろうなって。
それに夢中駅には、前の泥棒事件でも関わった、あの宝石店があるしね」
「じゃあ、杏奈さんが依頼しに来た日に、侑芽ちゃんが掛けていた電話は・・・・」
「そう。この宝石店に掛けたんだよ。オーナーはこの2人のことを覚えていたの。
『彼女の誕生日に指輪を贈りたいけど、自分はこの手のことは分からないから、いとこに付いてきてもらった』って照れくさそうに話していたんだって。
でもまさかプロポーズまでするとは私も思ってなかったから、驚いたけどね」
「でも、それならそうと僕にも教えてくれたら良いのに。アリバイ崩しの真相はなんとなく分かってましたから良いですけど」
そう言うと、レムは唇を尖らせて拗ねたような顔になった。
「ごめんね。一応サプライズみたいだったし、知ってる人は少ない方が良いと思って。
それに、私は恋愛の推理は自信が無いからオーナーの証言があったとはいえ、全部合ってるか自信が持てなかったの。
レムを仲間外れにした訳じゃないよ。ごめんね。よしよし」
侑芽が訳を説明し、手を伸ばしてレムの頭を撫でる。
こうされては、レムも機嫌を直すしかなかった。
「・・・まぁでも、色々それっぽい根拠は言ったけど、最初からなんとなく慎也さんは杏奈さんを裏切るような人じゃないと思ったんだよね」
「それはなぜですか?」
問われた侑芽は、背筋を伸ばしてはにかむ。
「話を聞く限り、慎也さんはのんちゃんに似てる感じがしたの。大好きなものに一途な所とか、優しい所とか。だから誰かを傷つけるようなことはしないと思ったんだ」
望夢みたいな人なら、悪い人ではない。
全く論理的じゃない理由だが、実は侑芽にとってはこれが1番の大きな理由だった。
レムはそれを聞くと、嬉しそうに目を細めた。
「なるほど。これ以上ない理由ですね。
でもそれを言うなら、杏奈さんは侑芽ちゃんに似ていると僕は思いますよ」
「え〜。私、杏奈さんみたいに大人可愛くないよ?」
「何を言ってるんですか。侑芽ちゃんもとっても可愛いですよ。でも、今僕が言っているのは外見のことではなくて、中身というか、心のことですよ」
「心?」
「そうです。気遣い屋で思いやりがある。でもたまに考えすぎてしまう所とか。
でも1番そっくりなのは、笑顔の雰囲気ですね。杏奈さんが慎也さんのことを話している時の笑顔。あれは望夢くんのことを僕に話している時の侑芽ちゃんの笑顔にそっくりです」
それを聞いて侑芽はドキッとした。
杏奈さんのあの笑顔をどこかで見たような気がしていたのだ。
それは寝る前に『今日のんちゃんと映画に行ったよ』『明日は森林公園にのんちゃんと行くんだ』とレムに話している時に、ゲージのうしろにある窓に反射した自分の笑顔だったのだ。
「そ、そうだったかな?ま、まぁ私とのんちゃんも幼馴染だし、関係性は似てるかもね。
でも、私たちは杏奈さんたちと違って友達同士だからそこは当てはまらないけど!」
「・・・そうですね。確かに」
レムはまだ何か言いたげな表情だが、黙って微笑むだけにとどめる。
その笑顔を見たら、なぜだか分からないが居心地が悪くなってきたので、侑芽は立ち上がった。
「ほら、レム。そろそろ行こう。
今はスマホがないから、駅で電車の時間を調べないとね!」
「分かりました。行きましょう」
駅に向かう間、侑芽は先ほどよりほんの少し、早足になる。
なぜそうなるのかは自分にも分からなかった。
幻想駅のホームに到着し、時刻表を確認していると、不意にアナウンスが響いた。
『まもなく、1番線に、まこと駅行きの電車が参ります。黄色い線の内側へお下がりください。
なお、この電車には越智侑芽さん以外の方はご乗車にならないようお願いします』
「え!まこと駅って現実世界の私の最寄駅だ。
へぇ〜。今回はこんな帰り方なんだね」
「珍しいですね。あの霧以外の帰り方があるとは新発見です」
2人は楽しそうに笑い合う。
ほどなくして、1番線に入ってきた電車に侑芽が乗り込む。
レムはホームに残って見送りだ。
「では、侑芽ちゃん。今回も見事な推理でした。
今日も1日、楽しく過ごしてくださいね」
「ありがとうレム。今日はお父さんがお散歩行ってくれるみたいだから、よろしくね」
発車のベルが鳴り響き、ドアが閉まる。
やがて電車がゆっくりと動き出した。
侑芽はレムに手を振り、レムも手を振り返す。
レムの姿が見えなくなるまで外を見ていると、景色にだんだんあの霧がかかり始め、霞んできた。
周りを見渡すと、侑芽以外には当然誰もいない。貸切状態の車内で適当な座席に腰を下ろす。
心地よい揺れに身を任せていると、次第に眠気がやってきた。
(・・・そうだ、今日はのんちゃんと出かける日だったな。新しく買ったスニーカーおろそうっと)
ぼんやりとそんなことを考えていると、侑芽の意識は遠くなっていった。
電車はそのまま、侑芽を現実の世界へと運んでいった。
「通り抜けたアリバイ」fin.


