「く、来るなよ」

 恐怖で上手く呼吸が出来ない。何をされるのかと握った拳に力を込めたそのとき、足が後ろに動き出した。

 やった、逃げられる! そう思った瞬間──嘘だろう!? あの家に向かっているじゃないか!

 俺の体は、黒い影に押されるように、どんどん家に近づいている。そうだ、なんで警察の見張りがいないんだ。もう調査は終わったって事なのか?

 慌てているあいだも足は階段を後ろ向きのまま上り、門が独りでに開いていく。張られていた規制線のテープが切れた感覚に、俺は声にならない叫びを上げた。

 玄関ドアまでもが勝手に開いて、とうとう俺は不本意ながら家に踏み入る事になった。もちろん靴なんか脱げる訳がない。

「なんで──っ」

 なんで影は、俺をここに追い込むんだ!? 影はまだ迫ってきて、俺は廊下を後ろ向きで進む。

 廊下の中ほどに差し掛かったころ、人間の頭ほどもある、ほのかな青い光を視界の端に捉える。

 それは一つだけじゃなく、俺の周りを幾つも囲んでいた。なんだこれはと思ったとき、俺はハッとした。

 空き地の前にあった廃屋の怪談話──あの青い炎がこれなのか? ああ、そうだ。これは光じゃない、炎だ。

 ゆらゆらと、ロウソクの炎のように揺れている。どうしてこんなところに?

 ふいに、取り壊された廃屋では、肝試しの奴らは行方不明者がほとんどだか、数人は死んで見つかったと近所のおばさんたちが言っていた事を思い出す。

 ここの家族は、恐怖を貼り付けた顔をして死んだ。異なるように思えるが、実は同じなんじゃないのか。何故だかそう思える。