「慶、聞いてる?」

 ぼうっとしていたオレの眼前で美莉愛の手が揺れていた。

 二月の始まり。美莉愛から報告があると連絡が来て、札幌駅前のカフェで会っていた。

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「大丈夫? どうしたの?」

 美莉愛といる時間はオレにとって尊いものだった。なのに今日は美莉愛の話に集中できず、ずっと上の空だ。

「あー……ちょっと、彼女と喧嘩して」
「そう……なんだ」

 のんと付き合ってからも、美莉愛にのんの話をしたことはほとんどない。付き合いたての頃に少しだけ話したとき、美莉愛はあまりいい顔をしなかったからだ。まさに今みたいに目線を落として黙り込み、唇を尖らせる。

 その仕草が可愛くて好きだった。ちょっと嫉妬してくれているのだろうことが嬉しかった。だけど美莉愛に少しでも嫌な思いをさせるのは嫌だから、のんの話はしないよう気を付けていた。

「あ、でも、べつに大丈夫だから。ごめんな、今日は美莉愛の話聞きに来たのに。それで、報告って?」

 美莉愛はぱっと顔を明るくして言った。

「結婚するんだ、あたし。妊娠したの」

 幸せそうに微笑む美莉愛に、ショックは受けなかった。

 美莉愛の彼氏は、父親が用意した婚約者だ。いずれこうなることはわかっていた。それでもその日が来たとき、オレはとてつもないショックを受けると思っていた。

「そっか。よかったな。おめでとう」

「ありがとう。それでね、慶にも結婚式来てほしいんだけど」

「もちろん行くよ。……幸せになれよ、美莉愛」

 なぜだろう。オレは今、心からその言葉を言えている。

 なぜだろう。目の前に美莉愛がいるのに、何よりも尊い時間だったはずなのに。

 今のオレは、のんのことで頭がいっぱいだった。