「ちょっと飲もうかな」

 ホテルの部屋に入ると、ジャケットを脱いでネクタイを緩めながら慎ちゃんが言った。

「陽芽も飲む?」
「え?」

 私がモト君にお酒を勧められても飲まなかったのは、べつに法律がどうとか真面目な話ではない。

 慎ちゃんと約束したからだ。私が二十歳になったら、一緒にお酒を飲もうと。

 そんな約束、とっくの昔に時効だった。幸せだった頃にした、今となっては儚く散った約束に固執したところで一体何になるんだろう。わかっているのに、それでも私は馬鹿みたいに守り続けていたのだ。

「いや、だめか」
「……飲んで、みようかな」

 もう絶対に叶うことがないと思っていた約束。まだ二十歳じゃないけれど、この機会を逃せば本当にもう叶えられなくなってしまう。

「未成年に酒飲ませるのって犯罪じゃなかったっけ。あれ、今は十八歳から成人だから酒もいいんだっけ?」

「だめだけど、べつに誰にも言わないから大丈夫だよ。私も飲みたい。お願い」

 慎ちゃんは少し悩んでから観念したように微笑んで、白ワインを注文した。

「慎ちゃんってワインが好きなの?」

「うん、わりと」

「私お酒初めてなんだけど、ワインってちょっとハードル高くない?」

「確かに」

 ちょっと笑って、グラスに注いだワインを一口飲んだ。「うま」と呟いた慎ちゃんを少し疑いつつ、私も恐る恐る口をつける。

「あ。意外とおいしい」
「だろ。甘口にしといた」

 喉から胃にかけてじわじわと熱を帯びていく感覚はなんだか変な感じだけれど、味はおいしかった。約束を一つ叶えられたことが嬉しい。だけど同じくらい、私たちは味覚まで似ているのだろうかと複雑な心地にもなる。

「ごめんな」

 半分ほど減ったグラスをテーブルに置いて、慎ちゃんが言った。

「何が?」
「こういうとこしか連れてこれなくて」

 慎ちゃんが謝ることじゃないのに。

 朝まで一緒にいてと言われた瞬間からわかっていた。うちに行くわけにはいかないし、慎ちゃんの家に行くわけにもいかない。そんな二人の外泊場所なんて一つしかないのだ。

「いいよ」

 むしろここの方が気楽だ。

 何も聞こえない、何も見えない、何を気にすることもない。二人だけの空間。

「何もしないから。絶対に」

 言われるまでもなくわかっていた。

 純愛を気取るつもりはないけれど、私たちがホテルに来たのはセックスをするためじゃない。ただただ、二人きりで一緒にいるためだ。

 なのに私は少し傷ついていた。

「……なんで?」
「え?」