実際、慶とのことは何も言われなかった。帰りが遅くなろうが慶の家に泊まろうが、学校をサボったりしない限りは容認してくれていた。家に呼べば、私が恥ずかしくなるくらいもてなしていた。

 私は馬鹿だ。全然違った。お母さんはただ、彼以外なら誰でもよかっただけ。逆を言えば、陰で彼との接触がないか確認するためだけの質問事項に過ぎなかったのだ。

 慶とうまくいっている=彼と戻ることはない、という単純な方程式がお母さんの中にあるのだろう。

「同意書、サインしてくれるよね?」

 失望しつつ、チャンスだとも思った。

 私から大切な人を二度も奪わせたりはしない、お母さんだってさすがにそんなことできないだろう。

 なのに、交換条件とも言える私のそれをお母さんは受け入れなかった。

 お母さんがお父さんに話し、すぐさま慶を家に呼んだ。産みたいと主張する私と反対する両親、そして慶。慶はまるで呪文を唱えるみたいに、堕ろしてほしいと何度も何度も私に言った。

 呪いをかけられた私はまんまと体調を崩し、検査薬で妊娠が発覚してから一ヶ月後、激しい腹痛に襲われて病院に運ばれた。
 次に目を覚ましたとき、私のお腹には赤ちゃんがいなかった。

 そして医師にもう一つの事実を告げられたとき、私はもはや何度目かわからない絶望感に打ちのめされた。

 赤ちゃんがいなくなってしまったことを慶に伝えたとき、慶の顔が安堵していたのを、私はきっと一生赦せない。最後まで自分の親に隠し通した慶の卑怯さも。

 ──悪夢としか思えない。

 仮にも我が子に対してそんな発言をするなんて、真っ先に保身を優先するなんて、亡くしてしまった命に安堵するなんて人としてありえない。

 私への当たりが強くなったことだって意味がわからない。見損なったのは私の方なのに。体にも心にも傷を負ったのは私なのに。

 こんな人と一緒にいられるはずがない。だから別れようと思った。

 別れ話をするために呼び出した日、慶のスマホに表示された名前を見たあの瞬間までは。