「なあモト、由井(ゆい)。オレ彼女できた」

 高校時代は適度に息抜きをしつつも真面目に授業を受けていたが、大学に入って二度の春を迎えた今、平然と講義をサボるようになっていた。

 まさに今も友達に代返を押し付け、学食で早めの昼食をとっているところだ。

「そっか。よかったな」

 (けい)がまるで「今日も晴れてるな」なんてどうでもいいことを呟くように言うので、俺もさほど反応しないでおいた。

 隣の由井も一瞬だけ手を止めて黒縁眼鏡の奥にある目を慶に向け、「おめでと」と呟いてすぐさまスマホゲームを再開した。もっさりした前髪が目を覆っているが、ちゃんと画面が見えているのだろうか。

 慶と由井は同じ工学部の友達だ。由井は地元が同じで高校からの付き合いであり、慶とは大学で知り合った。家が近いのでなんとなくつるむようになってから丸一年が経つが、彼女ができたと聞いたのは初めてだ。

「地元の子?」
「そ。高三」

 ということは、遠距離恋愛だ。慶の地元はここ札幌(さっぽろ)から公共交通機関を乗り継いで三時間ほどかかる。彼女と会えるのは長期休暇に帰省するときくらいだろう。

「女子高生と知り合う機会なんてあるの?」

「地元帰ったときにいつも行ってる店でバイトしてたんだよ。可愛かったから声かけた」

「おまえナンパなんかするタイプだった?」

「ナンパじゃねえよ。声かけただけ」

 それを世ではナンパと言うのだが、慶は照れ隠しなのかなんなのか頑なに認めようとしなかった。

 たまに頑固なのは慣れているので、次の質問を振る。

「名前は?」
「のん」

 慶が彼女をニックネームで呼ぶのはちょっと意外だった。

 つい二分前とは打って変わって、慶はどこか嬉しそうだ。さっきのややぶっきらぼうな報告の仕方は、単なる照れ隠しだったのかもしれない。

「へえ、可愛いあだ名」
「顔も可愛いよ」

 平静を装いつつにやにやを抑えきれてないおまえも可愛いよ。

「今度紹介する」
「遊びに来る予定でもあるの?」
「こっちの大学受験するから」
「ああ、なるほど」

 片道三時間の通学など現実的ではないし、一年後に合格すれば彼女も札幌に住むのだろう。

「そっか。楽しみにしてる」

 俺たちは普段あまり恋愛の話をしないが、高校時代に一人だけ付き合っていた子がいるという話を聞いたことがある。詳しくは語られなかったものの、最終的に振られたそうだった。

 慶はいい奴だ。今度こそ幸せになってくれたらいい。

〝のん〟が現れるまでの一年間で二人に何が起きるかなど知る由もなかった俺は──もっとも、慶自身も予想だにしなかっただろうが──純粋にそう願っていた。