のんちゃんの身に降りかかった出来事も目的も全てを話してくれたあと、ついでみたいに彼女は呟いた。
──慶には何も言わないで別れる。もう二度と、慶には会わない。
のんちゃんが慶に怒らなくなった理由はこれだ。もう会わない相手に何も望むことはないのだから、怒る必要もないのだ。
「モト君ともお別れだね」
慶の元を去るということは、俺の前からもいなくなるということだった。
それを聞いてから約二ヶ月。もう二度とのんちゃんに会えないという覚悟をするにはあまりにも短い期間だったが、覚悟せざるを得なかった。俺に彼女を引き留める権利も、度胸もないからだ。
のんちゃんを好きになってから、自分がいかに女々しい男なのかを思い知らされてしまった。
「私がいなくなったら寂しい?」
「もううるさいの慣れちゃったからね」
背中を殴られた。効果音をつけるなら『ぽか』って感じだろうか。
「明日か」
春休みだというのに、明日は一日だけ講義がある。慶にばれないよう徐々に荷物をまとめていたのんちゃんは、慶に何も告げずあの部屋を出る。地元に帰るつもりはないらしい。行き先は俺も知らない。
いつも通りに大学へ行き、いつも通りに講義を受け、いつも通りに帰宅したらのんちゃんがいなくなっている。
そんな慶の気持ちを考えるとひどく心が痛むが、俺は止めることも慶に話してやることもせず、ただいつも通り過ごしていた。
こうしてのんちゃんと過ごすのは、今日が最後になる。
あの日、涙を流しながら全てを俺に打ち明けたあと、ぼんやりと窓の外の雪景色を見ながらのんちゃんが言った。
『ねえ、モト君。知ってる?』
『何を?』
『イトコ同士って結婚できるの』
『……知ってるよ』
『なんでかなあ。血が繋がっててもイトコだったら結婚できるのに、私と慎ちゃんはだめなんだよ』
『……うん』
『変だよね。べつに同じ人から産まれたわけでもない、ただ種が一緒ってだけなのに。ずっと赤の他人だったんだよ。十何年もお互いのこと知らないまま育って、普通に出会って普通に恋しただけなのに』
『……うん』
『──なんで私たちは一緒にいちゃだめなのかなあ』
その問いに、俺は答えられなかった。
答えられるはずがなかった。