のんちゃんと出会ってから約一年が経ち、春休みも終盤になっていた。

 初めて手を繋いだ日から二ヶ月、変わったことが大きく二つある。

 一つ目。彼女はよく笑うようになった。

 みんなの話をよく聞いてよく笑い、自分もよく喋る。それはまあもともとなのだが、憑き物が落ちたように朗らかになったのだ。慶が冷たい態度をとっても決して怒ることはなく、にこにこしながら「ごめんってー」などと冗談混じりに笑う。

 人形のようにぼんやりしていたのんちゃんも、泣き崩れていたのんちゃんも、夢だったのではないかと思ってしまうほどだった。

 二つ目。といっても一つ目の延長線上だが、二人は喧嘩をしなくなった。つまり彼女が俺の家に一人で来ることもなくなったというわけだ。

 それぞれが地元から戻ってきため、須賀の提案でバーベキューが開催された。

 積もっていた雪もだいぶ溶け、春の訪れを感じさせる。まだ少し肌寒いものの、もう何枚も重ね着をしたり肩をすくめながら歩くことはない。

 とはいえ間違いなくバーベキューをするほどの気温ではないが、これもまた学生生活の思い出だと割り切って参加した。

 そして、のんちゃんと過ごす最後の記憶にもなるのだろう。

「あ! ママチャリ!」

 自転車でやってきた由井とつぐみを指さして、のんちゃんが言った。

「のんちゃん乗りたいの?」
「乗りたい! チャリなんてすごい久しぶり!」

 のんちゃんはつぐみに譲ってもらった自転車のハンドルを持ったまま俺を見た。

「うーん……こぐのめんどい。私後ろ乗るからモト君こいで!」

「ええ~俺ですかあ」

「早く!」

 慶を見れば、自分の彼女に振り回されている俺を見てなにやら楽しそうに笑っている。

 和やかな日常を取り戻せたことはありがたいし、喧嘩をされるより百倍ましだが、最近の俺は慶の笑顔を見るたびに複雑な心地になってしまうのだった。

 のんちゃんに命令されるがままサドルにまたがり、のんちゃんが後ろに乗ったのを確認してペダルを踏んだ。俺のパーカーをがっしりと掴みながら、きゃーきゃーとやけにはしゃいでいる。

 二人きりになるのは、あの日以来だった。

「のんちゃんさ」
「ん?」
「ほんとに仕事辞めたの?」
「うん」
「そっか。……あのさあ」
「モト君、今日よく喋るね」

 くすくすと、俺の背中でのんちゃんが笑う。
 俺は笑えなかった。

「ほんとに出てくの?」

 ──俺が来たら?

 その答えは、ちゃんと聞いていた。

「うん。もう決めた」