陽芽からのメッセージを受け取った翌日の夜、意を決して美莉愛のマンションを訊ねた。

 事前に連絡はしなかった。話があると言えば、内容を察した美莉愛が先手を打つかもしれないと思ったからだ。誰に邪魔をされることなく、二人だけでちゃんと話したかった。

 預かっている合鍵を使ってドアを開け、玄関に入る。三和土には美莉愛のものじゃない靴があった。友達が来ているのだろう。タイミングを誤ってしまった。引き返そうか悩んだが、今日を逃したくはなかった。

 リビングまで真っ直ぐに続いている廊下を歩いていくと、徐々に話し声が聞こえてきた。 

「──だから言ったじゃん」

 リビングのドアに手をかけたところで、思わず手を止めた。

「でも、こんなにうまくいくと思ってなかった。慎ってクソ真面目だから絶対に避妊してたし。エコー写真でも用意した方がいいかなあとか考えてたもん」

「大丈夫だって。男なんか、妊娠したって言われたら動揺するだけでそこまで頭まわんないから」

「ほんと簡単すぎてびっくりしちゃった。あとは適当に、流産したとか言ってごまかすよ。罪悪感の一つでも持たせれば、もうごちゃごちゃ言い訳しないでさっさと結婚してくれるでしょ」

 ガラス越しにそっと中を覗けば、二人はこちらに背を向けていた。今の話だけで確信を得ていたが、テーブルには半分ほど減っているワインボトルと、ワイングラスが二つ置いてある。

 妊娠は、嘘だったのか。

「そういえば、あの子は? なんだっけ名前」

「慶のこと? もう切るよ。結婚するって言ったし。結婚式は来てね~とか言っといたけど、呼ぶわけないって」

「切っちゃったの? けっこう気に入ってたじゃん。逆ナンしたくらいだし」

「逆ナンじゃないよ。すごいじろじろ見てくるから声かけただけ。服装とか時計とかで金持ちだってわかったし、彼氏いなくて暇だったし。付き合ってみたけど、なんか真面目すぎるし子供みたいだし一緒にいてもつまんなかったんだよね。しかも獣医学部受けたいって言ってたくせに、結局工学部だしさあ」

「それで慎くんに乗り換えたってこと? しかも慶って子もずっとキープして? うわーひっどい女」

「べつにキープじゃないって。たまに会ってたけどヤッてないし。あたしが呼べば飛んでくるから、暇つぶしにちょうどよかっただけ。慎は仕事忙しいとか言ってあたしのこと放置してばっかりだしさあ。でもいい加減飽きたから、もういいかなって」

「いやいや、充分ひっどい女だからね」

 怒りに任せてドアを開けると、二人は弾かれたように振り向いた。