私が慶と別れない理由は二つ。

 一つ目は、あまりにも陳腐でくだらないけれど、端的に言えば復讐だ。

 はっきり言って理解不能ではあるものの、慶が今でも私を好きでいてくれていることはわかっていた。そして、あの人を忘れられずにいたことも。

 だから、あの人と切らせて私もさっさと慶から離れて、最後は慶の親に妊娠の事実をばらしてやるつもりだった。

 慶から大事なものを全部奪って、馬鹿みたいに夢と理想で溢れている慶の世界をぶち壊してやりたかった。

 二つ目は──それは同時に、慎ちゃんの幸せに繋がるからだ。

 さっきまでの光景が浮かぶ。ずっと慶の目を見ながら話しているはずなのに、慶がどんな表情をしていたのか覚えていない。不思議な感覚だった。もう慶を見ることを心のどこかで拒否しているのもしれない。

 あんな罵り方、慶と同じレベルでガキくさいことくらいわかっていた。だけど、とにかく慶の全てを否定してやりたかった。

 ──悪夢としか思えない。

 あの瞬間から、ずっとずっと慶が憎かった。慶は一度も私に謝ることさえしなかった。挙げ句、あの人にそそのかされて私が浮気したと思い込んでいたのだ。これ以上の裏切りなんて、屈辱なんて、この先あるのだろうか。

 私が流産したときだって、慶は私のお母さんが連絡をしてもすぐに来なかった。慶はいつだって都合の悪いことから逃げる。ずっと守られて生きてきたから、壁が立ちはだかったときの対処法がわからないのだ。

 妊娠できない体になったことは、言えなかった。言ってやれば慶に罪の意識を背負わせてやれるのかもしれないけれど、なぜか慶にだけは言いたくなかった。

 あのとき。妊娠を告げた、あの瞬間。

 最終的に親の許しを得られなかったとしても。

 嘘でもいいから、慶にだけは、産んでほしいって、言ってほしかった。

 一言だけでいいから、ごめんって、言ってほしかった。

 そのたった一言さえ聞けたら、きっと少しは許せたのに。