「ヴィーナス。ローマ神話の女神、だっけ。恋と美の女神」
なにやら解説をしてくれる先輩。黙って先輩を見つめると、あっちを見ろといったようにまた視線を景色に戻される。
「ビーナスベルトの下に濃い青が広がってるだろ、あれが地球影。遠い場所の夜の色。この現象には赤い光と青い光の錯乱が関係しているんだ。その錯乱が混ざってピンクになる。この現象はすぐに消えてしまうから、言うなれば、魔法の時間ってやつだな」
「魔法の、時間……」
その言葉を反芻する。
先輩はこの気象現象の仕組みさえ知っているようだった。
「まあ細かいことはいいよ、難しいし。それより今は景色を楽しめ。あともう少ししたら消えちまうから」
おもむろに立ち上がった先輩は、いきなり靴を脱いで、迷うことなく海の中に入っていく。
押し寄せる波が先輩の足を濡らす。
時折「冷てえ」と声を出しながら、子供のようにはしゃぐ先輩。その姿が珍しくて、微笑ましくて、つい笑みがこぼれてしまった。



