四月のきみが笑うから。


「わたしは……普通になりたいんです」


 そう呟いた瞬間、先輩の目がわずかに大きくなった。

 こんなこと、誰にも言ったことがなかった。だけど、小さい頃からの切実な思いだった。わたしが理想とする自分の姿は、普通でいられることなのだ。


「何でもできるようになりたいだなんて、そんな図々しいこと言わないから、すべてが人並みにできるようになりたいんです。目立たず、浮かず、ただ平穏に普通に生活できるなら、わたしは誰かの特別になる必要だって、万人に好かれる必要だってないんです。ただ、嫌わないでいてくれれば」


 初めて口にした、今まで出せなかった鉛のような感情が、胸の奥深くから吐き出されていく。

 それと同時に、ぽろぽろと涙が溢れだす。それは、こんなふうに暗い気持ちを抱えてしまう自分の情けなさと、それから、


(やっと、言えた)


という、安堵からだった。


「人よりも劣りたくない。なんでも要領よくこなせるような、そんな楽な人間になりたい。どうでもいいことに悩んで落ち込んで、苦しむこんな性格大嫌いなんです。どうして自分だけうまくできないのか分からない。みんなはもっと楽しそうに生きてるのに、わたしだけ取り残されてるみたいなんです」


 無論、それはわたしが見ている世界。

 周囲の人たちにもそれぞれに苦悩があって、わたしには見えない部分がたくさんあるのだってちゃんと分かっている。


 けれど、それを微塵も見せないような上手な生き方ができることが、それもまた羨ましくてたまらない。


 そこまで黙って聞いていた先輩は、まっすぐにわたしを見て、静かに唇を震わせた。