「なにか、悩みごとがあるんじゃねえの?」
「……」
「大丈夫だ。ここなら、ぜんぶ海が受け止めてくれる」
その言葉を聞いた瞬間、また妙な引っかかりを覚えた。
今度ははっきりと、何かが引っかかる音がした。
(わたし、何を忘れてるの?)
さっきの言葉を、わたしは今初めて聞いた。
そのはずなのに、なぜだか記憶のどこかに同じ言葉が眠っている。思い出せそうで、思い出せない。
……そう思うのも、二度目だ。
(────あ)
違和感の正体がばちっと繋がる。
どうして気づかなかったのだろう。こんなに分かりやすいのに。
そう思った次の瞬間、無意識のうちに、口がその名前を呼んでいた。
「ハクトく……」
「ここは、俺の思い出の場所なんだ」
けれど、言葉をかき消すようなタイミングで先輩がぼそっとつぶやく。
それが意図されたものなのか、偶然なのかは分からなかった。わたしの口から出た名前は、先輩の耳に届くことはなかった。
完全にタイミングを逃してしまい、気分を落としながら、慎重に問いかける。
「特別な場所、ってことですか」
「特別な……まあ、そうだな」
うなずく先輩は、草の上に視線を落とした。
なんとなくそれ以上は踏み込んではいけないような気がして、喉元にある言葉を飲み込む。
その代わりに、ずっと胸の中で溜め込んできた、たったひとつの思いがこぼれた。
『特別』とは対照的な、その想いが。



