「こっち座って少し話そう」
先輩に促され、海と少し離れた、草が茂る場所に座る。
しばらく沈黙が降りるけれど、決して嫌な空間ではなかった。気まずさとか、寂しさとか、怖さとか。そんなものをいっさい感じないから不思議だ。
遠くのほうから、サア────と心地のよい波音がきこえてくる。
波の音は1/fゆらぎだったはず。それは、人間が心地よく感じるゆらぎのことだ。まったくその通りだな、と納得してしまう。
「俺、実は医者志望なんだよ」
ゆらぎの一部にするように、先輩はそれだけを淡々と告げた。
聞き間違いを疑う必要がないほど、はっきりと。
医療系の志望者が多い学校であることは理解しているので、特別驚くわけではない。それでも、自分には到底無理だということだけは分かるので、素直に感心してしまう。
「勉強が行き詰まってどうしようもなくなったとき、ここにいると落ち着くんだ。だから瑠胡も同じだったらいいなって。少しだけでも息抜きになったら、またいつもみたいに笑ってくれよ」
先輩には医者というはっきりとした目標がある。終着点が定まっているのが、ほんの少しだけ羨ましかった。
たどり着くべき場所が決まっている人は、そこまでの道のりがどんなに険しくて茨の道だったとしても、諦めずに進んでいく強さを持っているのだから。
視線を落としていると、急に顔を覗き込まれて肩が跳ねた。
美形の接近は心臓に悪いからやめてほしい。



