「ここが、数十年間誰も入った事がない、独白の部屋……」

 扉の先に進むと、幸い中には霜が降りておらず、私の氷魔法はあの扉で遮られていたようだ。
 ただ、部屋の中は結構広いのだが、本や机に、引き出しといったエドワードが探していそうな物は無く、代わりに沢山のビンが棚に並べられていた。

「ここは……何だか、お屋敷の地下にあるワインカーヴみたいです」
「おっ! メイドさんよ、正解じゃ。そう、ここはワシと奴が酒を酌み交わす為の部屋なのじゃ……おぉ、この葡萄酒は懐かしいのぉ」
「……こ、これは、二百年もの!? あぁぁぁ、凄いお酒が山積みになってますっ!」

 私は日本に居た時からお酒を飲まないから分からないけど、このリディアさんの反応からすると、おそらくここにあるビンがどれも凄いお酒なのだろう。
 だけど、いろいろと分からない事が沢山ある。

「お爺ちゃんは、この部屋で当時の国王様とお酒を一緒に飲んでいたのよね?」
「うむ、そうじゃ。エルフで酒を嗜む者は殆どおらぬからな。瞬間移動魔法でここへ来て、よく一緒に飲んだものだ」
「でも、その王様はエルフに酷い事をしたのよね? どうして一緒にお酒を飲む程に仲が良いの?」
「ふむ。ソフィアの問いに答える為には、エルフと人間の間に……ワシと奴の間に何があったのかを説明する必要がある。しかし、そこの少年よ。真実を聞く勇気はあるか?」

 長老が急に真剣な表情を浮かべると、エドワードに問いかけ……大きく頷く。

「お願いします。僕は、人間とエルフの仲を修復したいんです」
「そうか。では結論から話そう。奴は……奴はエルフに酷い事など何もしておらんよ。エルフが人間の事を嫌うようになったのは、ワシが人間という種族が危険な種族だと、エルフたちに吹聴したからじゃ」

 ん? えーっと、お父さんやお母さんが人間の事を良く思っていなかったけど、あれは何か悪い事があったとかではなくて、長老がエルフたちに嘘を吐いたからって事なの!?

「ちょ、ちょっと待って! お爺ちゃん!? 一体、どういう事なの!? というか、何をしているのよっ!?」
「ソフィアよ。まぁ落ち着きなさい。もちろん、そんな事をした理由も当然ある。人間と酒を酌み交わすワシが、訳もなく人間に近付かないように仕向ける訳がないじゃろ」
「た、確かに」
「あの時……悲しいすれ違いがあったのじゃ。まず事の発端は、奴がイリーナに惚れた事から始まるのじゃ」
「イリーナ? ……って、まさかお母さんの事!?」
「うむ。ソフィアに次いで可愛い、ワシの娘じゃ」

 えぇぇぇ……お母さん、国王様から求愛されたって事!?
 でも、お父さんと結婚して私が生まれている訳だし、当然断ったって事よね?
 おっとりしているお母さんだけど、過去にそんな事があったんだ!

「イリーナは覚えていないのかもしれぬが、当時は成人になったばかりのイリーナを連れて、よくこの国へ来ておったのじゃ。イリーナは、今のソフィアをもう少し成長した感じで、それはそれはとても美しくてな。奴が惚れてしまったのも無理はない。……あ、ソフィアも成人する頃には超美人じゃと思うのじゃ。まぁ今も本当に可愛いがの」
「あ、私の話はどうでも良いから、お母さんの話を進めて」
「つ、冷たい……こほん。話を戻すが、奴は花束を持ってイリーナにプロポーズをしたのじゃが……残念ながら、見た目が美しいだけの花を選んで花束を用意してしまったようでな。その中に、毒草が混ざっていたらしいのじゃ」
「ど、毒草!? 花束に!?」
「うむ。奴は剣の腕は良かったが、植物の知識はなかったのだろう。一方、我々エルフは森に生きる者。イリーナも例外なく植物に詳しく、見た瞬間に毒草だとわかり、奴のプロポーズを断ったのじゃ」

 あちゃー。植物に詳しくない国王様から、植物に詳し過ぎるお母さんに毒の花を送ったら……まぁ断られるよね。

「奴が改めて、もう一度プロポーズしていれば結末は違ったのかもしれぬが、余程ショックだったのか、それ以来イリーナに会わなくなってしまってな」
「えっ!? まさか、それっきりなの!?」
「うむ。イリーナも奴から毒の花を渡されてショックを受けておって……その時、ワシは思ったのじゃ。人間とエルフでは価値観や考え方が違う。そのような者たちが惹かれ合うと、どちらも不幸になってしまうのではないかと」
「それで、エルフが人間に近付かないようにしたって事なの?」
「その通りじゃ」

 うーん。長老の言い分もわからなくはないけど、ちょっと極端過ぎる気もする。
 とはいえ、私も正解はわからないけどね。