「皆さん! 王太子様より、ご学友であるエルフの少女をお屋敷にお連れすると、マジック・レターが届きました! 最重要の賓客として、丁重におもてなしするようにとの事です!」

 エドワード様専属メイドのリディアさんが皆を集め、魔道具で届いた手紙を読み上げる。
 エルフだなんて、初めてのお客様だ。
 お客様をお迎えする応接室は、常に隅々まで掃除してあるけど、それだけで良いのかな?
 エルフは自然を愛する種族だというし、お花とかを飾った方が良いのかな?
 いや、逆に花を切ったと怒ったりするの?
 同じ事を思ったのか、先輩メイドさんが疑問を口にする。

「エルフのおもてなしって、どうすれば良いのかしら?」
「すみません。そこまでは書かれておりません。ただ、パティシエさんに伝えるつもりでしたが、エルフのお嬢様は甘いもの……スイーツに目がないそうです。今回はスイーツを食べていただく事が主目的で、少女が喜びそうな、シンプルで豪華過ぎず、だがチープではないものをお出しするように……との事です」

 いやあの、スイーツへの注文が厳し過ぎません?
 パティシエさんたちが頭を抱えているんですけど。
 しかも、来るのって今日の午後ですよね?
 作る時間を考えると、何を出すか考える時間って僅かしかないような……あ、それに気付いたのか、パティシエさんたちが真っ青な表情で、キッチンへ向かっていった。

「お客様はエルフという事ですので、応接室を緑の基調に変更しましょう」
「エルフはスレンダーだと聞きますし、ソファーを少しだけ硬めの物に変えた方が良さそうですね」
「お花は、鉢植えの物に変えた方が良さそうですね」

 あ、大変なのはパティシエさんだと思っていたら、応接室の家具や調度品を全て入れ替えるって話になってる。
 いやあの、今から!? 午後までに!? このお屋敷の応接室って、私が前に働いていた貴族の家の比じゃないくらいに大きいんですけどっ!?
 嘘ぉぉぉっ!?
 王宮のメイド怖いっ!
 お給料の高さに釣られて来たけど、求められる仕事のレベルも高いよっ!
 方針が決まったら、先輩メイドさんたちが常人とは思えない速さで家具を入れ替え、チリ一つ残さないように掃除していく。
 それから、昼食を済ませて暫くすると……

「王太子様がお帰りになられました! 予定通り、エルフのお客様が参られています! 皆さん、来客時対応を最優先にしてください!」

 メイド長さんから指示が飛ぶ。
 今回の私の担当は、リディアさんが応接室へ案内したお客様へ、お茶とクッキーをお出しする事。
 あとは、空気を読んでお茶のおかわりを勧める事。
 気配を消して応接室の壁になりつつ、王太子様とお客様の空気を読まなければ。

 応接室にリディアさんが小さなお客様をお連れしたので、早速お茶とクッキーをお出しすると、

「ありがとうございます」

 エルフの可愛らしい女の子が美味しそうにクッキーを頬張る。
 何この可愛い生き物!
 十歳くらいかな? 小さなクッキーを一つずつ口に運び、その度に顔を輝かせる。
 可愛いっ! 可愛すぎるっ!

「よろしければ、お土産に包みましょうか?」
「さ、流石にそこまでしていただくと申し訳ないです。お、お気持ちだけで……」

 口では断っているけど、目がクッキーに釘付けになってるよ!
 きっと、本当はクッキーを持ち帰りたいけど、王太子様の客人って事で、はしたない真似は出来ないとか考えているんだろうなー。
 良いんだよ? 王太子様は物凄く良い人だし、むしろお嬢ちゃんの年齢ならそれくらいしても普通だよ。
 私だったら、家族の分まで持ち帰ってるよ。
 お嬢様の心が揺れまくっているのがあからさまで、ほのぼのした気持ちで見ていると、王太子様がやって来た。
 それからエルフのお嬢様と王太子様が難しい話を始めたんだけど、

「この難しい問題を解決するには、人間の王族とエルフが血縁関係になるとか、それくらいの大きな事を行わないといけないでしょうね」

 王太子の口から凄い言葉が飛び出す。
 えっ!? 王太子様、このお嬢様と結婚するんですかっ!?
 どうみても十歳くらい……あ、今すぐではないって事!?
 王太子様は十四歳だから、五年後くらいだったらアリ……なのかな?
 ちらっとリディアさんに目をやると……うわぁ。何とかこらえているけど、感動して泣きそうになってる。
 確か、リディアさんは王太子様が三歳の頃から専属なんだよね? リディアさんからすれば、弟くらいの年齢だと思うけど、母親みたいな気持ちになるよね。

 いやー、王太子様は涼しい顔で言ってのけたけど、エルフのお嬢様は顔を真っ赤に染めているから、今の発言の意味を理解しているんだろうなー。
 こんなに面白い……もとい、大事な話だし、私たちメイドもしっかりサポートしていかないと。
 さて、これからどういう空気になるかな? と思っていると、タイミングが良いのか悪いのか、スイーツが運ばれてきた。

「シフォンケーキだっ! ……こ、こほん。と、とても良い香りですね」

 お嬢様が思わず立ち上がって喜び……慌てて席に着く。
 何事も無かったかのように紅茶を飲んでいるけど、スイーツに目が無いっていうのは本当なのね。
 年相応の可愛らしいリアクションが見れたもの。
 それから、その小さな身体と口でどうやって? と思うくらいのスピードでお嬢様がケーキを完食し、王太子様が御自身のケーキを勧めている。
 そして、再び心が揺れるお嬢様。
 お嬢様……隠しているつもりかもしれませんが、考えている事が顔に出過ぎです。周りで見ている私たちは、すっごく楽しいですが。
 お嬢様の視線が、王太子様の顔とケーキを何度も往復して、食べようかどうか悩んでいる。
 王太子様も、結婚の話を出したくらいなのだから、「あーん」って食べさせてあげれば、もっと面白いのに。

「坊ちゃま、いけません」

 見かねたリディアさんが助け船を出したけど、お嬢様があからさまに落胆してるっ!
 けど、それに気付いた王太子様も、凄い速さでケーキを食べて、お嬢様の視界からケーキを消す……うん。やっぱり優しい。結婚は早過ぎるかもsだから、もう婚約すれば良いのに。
 だけど、政治的に凄く大きな結婚の話よりも、私に直結する大変な話が出てくる。

「もしもソフィアさんが僕の魔法の家庭教師を引き受けてくださるなら、毎日スイーツが食べられますよ?」
「やるっ! やりますっ! エドワード、一緒に勉強を頑張ろうね!」

 待って! この二人が進展するのはとても良いけど……毎日!? 毎日、この緊張感に包まれるのっ!?
 せめて週に一回……それくらいのペースにしてぇぇぇっ!