男たちのオセロゲーム/その1
剣崎

この日の"会合"は午後2時からだった

会合と言っても、形式的には故相馬会長の本葬”ボイコット”を敢行した相和会最高幹部である建田さんが、葬儀委員長の矢島さんからの出頭要請を受けての申し開きということになる

なので、今日は矢島さんの事務所へ先方が側近の北原を伴って赴き、これを矢島さんが俺を同席させて聴取する

その際、相馬会長が生前唯一、兄妹盃を交わした弟分の明石田親分が、相和会の後見ポジションから立会人として出向くが、実際は建田さん側と連れ立ってという絵柄だ

ふん…、ここでの式次第はここにきて、極めて単純明瞭となったわ

で…、実際にシンプルな進行ですんなりだったな

・・・

「おお、矢島…、今日は暑さもさほどでなくてよかった。早速済ませちまおうや」

「叔父貴、本日はご足労いただき、ありがとうございます。宗…、忙しいところすまなかったな。まあ、かけてくれ」

「ああ…、まあ、今日はよろしく頼む」

両サイド4人は応接テーブルを挟んで向かい合い、明石田の叔父貴はその横に着いた

そして…

「…今回はこっちの軽率な行動で迷惑をかけちまった。三郎、すまなかったな。この通りだ」

ここで、まずは建田さんが今回の葬儀欠席を謝罪し、今後二代目のイスを巡って競うことになるライバである、相和会最高幹部の矢島さんへ頭を下げた

厳密にいえば、建田さんは相馬豹一相和会初代会長逝去に伴う、本葬の葬儀委員長だった立場としての矢島さんへってことになるんだろう

そしてこのことは、当の矢島さんと俺、さらに明石田さんも承知ということだ

「ああ、こっちこそ、良かれと思ってのことだったが、独断で走りすぎたしな。まあ、頭は上げてくれ。宗…、俺も配慮に欠けていたと反省してる。許してくれや」

対する矢島さんもすんなりと自分にも非があったご厚意を認め、同じく相和会最高幹部たる正面の建田さんに頭を下げたよ

俺は明石田さんに目を向けたが、おじきからは軽く会釈がかえってきた

同時に、叔父貴は建田さんの右横に座っている北原にも目配せすると、双方の”付き”も異存なしということを確認したのだだろう

叔父貴は、間髪入れず、言葉を発してくれたよ

「よし、この件はこれで終いだ。はは…、これでアニキの葬儀の件はよう、やっぱり相和会は極道界の異端児だわってことで業界の笑い話にしちまえる。淀の助川さんもその線で吹聴してくれる手図になってるし、そこは心配ねえ」

「叔父貴、今回はすいませんでした。お手数おかけしますが、何分、よろしくお願いします」

「いつまでも叔父貴には心配ばかりかけちまって…。これからは、案配よくやっていきますので、今回は勘弁してください。そんで、関西は叔父貴のその伝手でお願いしますが、関東は大丈夫っすかね?」

矢島さんに続き、建田さんも今回の仲裁人的スタンスでコトを見届けてくれた叔父貴に謝意を表したが、加えて業界内の”様子”もさり気にチェックしていた

「うむ…、それも心配はねえ。相和会をよう、どっちかが継ぐことになるお前ら二人、こうして仲良くやってくれる分には何のことはねえんだ。まあ、東龍の坂内あたりは”これ”を読んで、またぞろガサガサと蠢くだろうが…。フン…、そしたらそれをこっちが利用してやりゃあいいんだ」

ここで叔父貴はメガネの下の眼光をキラッと光らせた

その後やや前かがみになって、声のトーンも意識的に変えてこう続けたよ

「…いいか、こっちとしてはだ、要は東西大手によう、一定ラインを超えたとこまで手を突っ込まれないガードを保てりゃ、何も問題はないんだ。俺もアニキがいなくなっちまった後のことはいろいろ考えを巡らしてきたしよう、相馬豹一が死んでも、そう簡単に相和会を連中の色になど染させん。そのためには、なによりつつがなく”次”をしっかりと固めねえと…。わかるな、お前ら…」

明石田さんはそう言って、相和会を二分する二人のトップに念を押した

それはまさにハイプレッシャー…、ヤクザ界では文句なく大物の貫禄がなせる迫力だったわ

・・・


結局、この日の”儀式”はものの40分足らずで済んだ

帰り際、矢島さんは旧来のライバルである建田さんとがっちり握手した

その後、二人のそれぞれ右腕として支える俺と北原も穏やかな表情で手をに握り合った

それはごく自然に、なんともおだやかにできたよ

この光景を、伊豆の大親分であり長年極道界を席巻した相馬豹一という稀代の暴れん坊を支え続けた明石田の叔父貴は、やや笑みをこぼし、目を細めてじっと眺めていた

ふふ…、俺にはこの人の胸中がばっちり見えるぜ

この後展開される我々の行動では、何と知ってもこの人がキーマンとなる

明石田さんから理解を得、力をもらわなければ、矢島さんと俺…、いや、相馬豹一という傑出の異色ヤクザが育んできた相和会のこれからの歩みはあり得ないんだ!

「叔父貴、では…」

「うむ…、剣崎、じゃあな」

矢島さんの事務所を出る間際、俺は叔父貴に”今晩”の確認を怠らなかったぜ