その1


「シンゴ…、ここみたいだぞ」

「ああ、そうだな。オレでもマッドハウスの横文字くらいは読めるしよう。ハハハ…」

「着いたの?」

「ええ‥。ここに建田の親分がいるはずですから…。ケイコさん、例の書面、大丈夫ですよね?」

「うん、中身もちゃんと確認してるし‥」

「…では、車はそこの道端につけますので…。シンゴ、先にケイコさんと降りてろ」

「わかった…」

相馬豹一の葬儀会場からいったん自宅へ戻り、普段着に着替えを済ませたケイコは、タクロウの運転する車でここ、マッドハウスへ到着した

...


”私なんかが組の偉い人に、こんな大事な手紙の受け渡しか…。本当にいいのかな…。建田さん、受け取らなかったらどうしよう…”

ケイコは思わず肩で息をついて、そんな不安に駆られながら車を降りた…

目の前にはライブハウスの建物があった

”ここ、もうすぐ閉鎖されて、この建物は取り壊されるらしいんだよな…”

ケイコは思わず建物の正面を見上げた

すると…

ケイコの両眼には、ダークグレーのローマ字で綴られた看板が飛び込んできた

”MAD☆HOUSE”

”狂った館か…”

ケイコは思わず直訳していた…

...


「しかし、スゲー人だな。ひと目でそれっぽい連中だってわかるカッコしてるし、みんな‥。今日はスペシャルコンサートみたいだな」

「あのな、タクロウ…。ロックなんだからよう、コンサートじゃなくてライブって言えよ。ダサイなあ」

「うっせーって。…とにかく入ろうや、中へよう」

「うん…。じゃあ、ケイコさん、行きましょう」

ケイコが頷くと、3人は会場入りを待つ人だかりの列を横目にして、建物の入り口へ向かって歩いて行った

”二人とも、冗談言い合ってるけど緊張してるなあ…。まあ、当然よね。これから会う人は、この人達からしたら雲の上の存在だし‥”

ケイコは後ろから彼らの背中を見ながら、そんなことを考え浮かべていた…

...


鹿島タクロウと下山シンゴの二人は、相和会直系剣崎組の幹部である能瀬繁の配下ではあるが、まだ正式な組員になっていない準構成員の身分だった

いつもはもっぱらしょうもない雑用ばかりの二人にとって、今日はいわば”大役”を担っていたのだ

「お、おい…、シンゴ…。あれ、静岡ナンバーだぞ。ひょっとして…」

タクロウは建物の脇に止まっていた黒塗りに気づくと、思わず足を止めてシンゴにそう言った

「おお、確かに伊豆の大叔父貴さんの車だわ。…あの人、ここに来てるのか」

「ああ、そう言えば…」

顔を見合わせていた二人に向かって、ケイコが思いだしたように声を漏らした