終われない夏の日/その11
ケイコと美沙
「確かにお嬢さんは、このあたりでは最大規模の不良グループのリーダー格だったようです。でも、とにかく人望があるようですな。それも、年少や弱者や、いわゆる普通の中高生に慕われているみたいだ。お母さんも日ごろから、お気づきでしょう?」
「ええ…。まあ、あの子は面倒見がいいというか、小さい頃から正義感も強い子でしたが…。高校へ入ってからは、付合いがちょっと…、それは気が付いていたんですが…」
「ハハハ、競子さんはまあ、無防備なところはあるようだ。でも、今回の件は若気のいたりと言ったら語弊あるでしょうが、彼女はまあ、被害者に近いとも言えますんで。ところが、彼女はおそらく、自分は被害者で終わってはいけないんだって…、そう考えていたように感じます。それで、損は承知で出頭したのではないかと。別に、誰かをかばうとかではないと思うんですが…」
大本刑事は、そう話している最中も、美沙の表情を注意深く覗き込んでいる
...
「それと、あの子は自分に対して、正直でありたいと思ってるんじゃないんですかね。いろいろ話をしてると、そう感じるんです」
美沙はうつむき加減で、何度も「はい」と答えていた
「それに、競子さんは小さい頃、ひったくり犯を追い詰めて、警察から感謝状をもらってるんですなあ…」
この時は、周りに聞こえるような声だった
そして、再び声のトーンをもどして、続けた
「私の立場では、軽はずみな言動は避けたいんですがね。職業柄、今どきの子供たちを多く見ているもんで。競子さんは本当に、いいお子さんだ。まあ、家に帰ってからも、何分、あまり責めずに愛情をね…、ご家族で温かく迎えてやって欲しいんですよ」
「はい、それはもう…。海外に出張中の夫からも、そのように言われておりますので…」
美沙の頬には、既に涙が伝わっていた
「それから、学校の方からの照会がありましたら、まあ、事実は事実で伝えますが、競子さんの情状面をよくお話ししておくつもりです。こちらも、やはり今回は学校の処分とかでね、彼女の将来を傷つけるのは本意ではありませんから」
「ありがとうございます…。大本さん、ひとつ、よろしくお願いします」
この時点で、もう美沙は声を上げて泣いていた
バッグからハンカチを取り出し、目に当て、大本刑事に向かって、頭を何度も下げた
そして、部屋の開き戸から、女性会警官に連れられた競子が入ってきた
「ああ、娘さん、戻ってきましたよ」
...
大本刑事は椅子から立って、人のよさそうな笑顔で美沙にそう言った
「競子さん、お母さんが迎えに来てるよ。1時間以上も前からお待ちかねだよ」
椅子から立ち上がって自分を見つめる母の顔を、ケイコはしっかりと直視していた
そして、一見で美沙が泣き顔なのを理解した
次の瞬間、ケイコはその美沙の元へ駈けて行った
わすか、7、8メートルほどの距離を長い両足で、全力疾走で…
美沙は無意識に両手を広げていた
そして娘をしっかり抱いた
「お母さん、ゴメンなさい…」
...
「ケイコ…」
そう呟くように娘の名を口にして、ケイコの両肩に両手をあてると、自分の体から一度、離した
そして、正面を向かせ、右手でケイコの頬を張った
パシーンという、さほど大きくはないが、弾むような音が響き渡った
「わー、お母さん!」
ケイコは号泣して、再び母に抱きついた
「さあ、家に帰ろう、ねっ…」
その場にいた大半の警察署員は、さりげなく、視線を向けていた
皆、神妙な顔つきをしている
中には、手で目頭を押さえている女性もいた
この一部始終を、大本刑事は、穏やかな顔つきで見つめていた
「よし、競子さん、もうここには来ることはないよな。お母さんに感謝してな…、ハハハ、頑張れな、これから」
「刑事さん、お世話になりました。ありがとうございました」
ケイコは大本刑事に一礼して、母と共に部屋を出た
「ケイコ、疲れてるでしょ。帰りはタクシーで帰りましょう」
「うん…」
...
S警察の玄関を出ると、心地よい風が肌を撫でてくれてる
空を見上げれば、紺碧の大パノラマが目に飛び込んできた
出所できた…、解放された…、平たく言えばこういう表現かもしれない
確かに青空の元、ココを出たんだという実感はあった
でも、今の状況は愛する人を置き去りにして、自分だけが先に出るということだ…
わずか17歳の少女は、自らに向かって、こう言い聞かせていた
ケイコと美沙
「確かにお嬢さんは、このあたりでは最大規模の不良グループのリーダー格だったようです。でも、とにかく人望があるようですな。それも、年少や弱者や、いわゆる普通の中高生に慕われているみたいだ。お母さんも日ごろから、お気づきでしょう?」
「ええ…。まあ、あの子は面倒見がいいというか、小さい頃から正義感も強い子でしたが…。高校へ入ってからは、付合いがちょっと…、それは気が付いていたんですが…」
「ハハハ、競子さんはまあ、無防備なところはあるようだ。でも、今回の件は若気のいたりと言ったら語弊あるでしょうが、彼女はまあ、被害者に近いとも言えますんで。ところが、彼女はおそらく、自分は被害者で終わってはいけないんだって…、そう考えていたように感じます。それで、損は承知で出頭したのではないかと。別に、誰かをかばうとかではないと思うんですが…」
大本刑事は、そう話している最中も、美沙の表情を注意深く覗き込んでいる
...
「それと、あの子は自分に対して、正直でありたいと思ってるんじゃないんですかね。いろいろ話をしてると、そう感じるんです」
美沙はうつむき加減で、何度も「はい」と答えていた
「それに、競子さんは小さい頃、ひったくり犯を追い詰めて、警察から感謝状をもらってるんですなあ…」
この時は、周りに聞こえるような声だった
そして、再び声のトーンをもどして、続けた
「私の立場では、軽はずみな言動は避けたいんですがね。職業柄、今どきの子供たちを多く見ているもんで。競子さんは本当に、いいお子さんだ。まあ、家に帰ってからも、何分、あまり責めずに愛情をね…、ご家族で温かく迎えてやって欲しいんですよ」
「はい、それはもう…。海外に出張中の夫からも、そのように言われておりますので…」
美沙の頬には、既に涙が伝わっていた
「それから、学校の方からの照会がありましたら、まあ、事実は事実で伝えますが、競子さんの情状面をよくお話ししておくつもりです。こちらも、やはり今回は学校の処分とかでね、彼女の将来を傷つけるのは本意ではありませんから」
「ありがとうございます…。大本さん、ひとつ、よろしくお願いします」
この時点で、もう美沙は声を上げて泣いていた
バッグからハンカチを取り出し、目に当て、大本刑事に向かって、頭を何度も下げた
そして、部屋の開き戸から、女性会警官に連れられた競子が入ってきた
「ああ、娘さん、戻ってきましたよ」
...
大本刑事は椅子から立って、人のよさそうな笑顔で美沙にそう言った
「競子さん、お母さんが迎えに来てるよ。1時間以上も前からお待ちかねだよ」
椅子から立ち上がって自分を見つめる母の顔を、ケイコはしっかりと直視していた
そして、一見で美沙が泣き顔なのを理解した
次の瞬間、ケイコはその美沙の元へ駈けて行った
わすか、7、8メートルほどの距離を長い両足で、全力疾走で…
美沙は無意識に両手を広げていた
そして娘をしっかり抱いた
「お母さん、ゴメンなさい…」
...
「ケイコ…」
そう呟くように娘の名を口にして、ケイコの両肩に両手をあてると、自分の体から一度、離した
そして、正面を向かせ、右手でケイコの頬を張った
パシーンという、さほど大きくはないが、弾むような音が響き渡った
「わー、お母さん!」
ケイコは号泣して、再び母に抱きついた
「さあ、家に帰ろう、ねっ…」
その場にいた大半の警察署員は、さりげなく、視線を向けていた
皆、神妙な顔つきをしている
中には、手で目頭を押さえている女性もいた
この一部始終を、大本刑事は、穏やかな顔つきで見つめていた
「よし、競子さん、もうここには来ることはないよな。お母さんに感謝してな…、ハハハ、頑張れな、これから」
「刑事さん、お世話になりました。ありがとうございました」
ケイコは大本刑事に一礼して、母と共に部屋を出た
「ケイコ、疲れてるでしょ。帰りはタクシーで帰りましょう」
「うん…」
...
S警察の玄関を出ると、心地よい風が肌を撫でてくれてる
空を見上げれば、紺碧の大パノラマが目に飛び込んできた
出所できた…、解放された…、平たく言えばこういう表現かもしれない
確かに青空の元、ココを出たんだという実感はあった
でも、今の状況は愛する人を置き去りにして、自分だけが先に出るということだ…
わずか17歳の少女は、自らに向かって、こう言い聞かせていた



