ヒートフルーツ【特別編集版第1部】/リアル80’S青春群像ストーリー♪

終われない夏の日/その10
ケイコと美沙



その日、ケイコの母美沙は、指定の時間より1時間以上早く、娘の収監されているS警察に到着していた

担当課前の廊下に置かれた、古ぼけた長椅子に腰掛け、ひたすら我が娘の姿を待った

指定時間を少し過ぎたところで、女性の制服警官が美沙に声をかけてきた

「横田さん、お入りください」

美沙は「はいっ!」と返事をして、勢いよく立ちあがった

そして、部屋の中に入って行った

「…こちらにおかけください。今、担当の者が参りますから」

女性警官はそう言うと、自分の席に着いた

折りたたみのイスに腰掛けた美沙は、落ち着かなかった

部屋を見回したり、天上を見上げたり、下を向いて目を閉じたり…

とにかく、そわそわしていたが、そう言えば、ここの警察初めてじゃない…

と…、美沙は思い出した

ケイコが小学生の時、ひったくり逮捕の協力をして、感謝状を受け取るのに付き添ってきたことがあったのだ

その部屋はここだったかは覚えていないが、ひと時、今の立場を忘れて、彼らの仕事ぶりをちらちら伺っていた

しばらくすると、今度は美沙の耳に中年らしき男性の声が届いた

「横田さん、いやあ、お待たせしました」

...


美沙は椅子から立ち上がり、まずは会釈した

そして、小太りで背の小さいその中年の刑事から、名刺を受け取った

美沙はとりあえず、所属部署や肩書より、この刑事の苗字を頭に入れた

「競子の母です。刑事さん…、大本さん、この度は大変ご迷惑をおかけしました」

今度は両手を重ねて、大本刑事に深々とお辞儀をした

「いやいや…、横田さん、まあ、おかけください」

美沙は頷き、折りたたみのイスに腰を戻した

「では、形式的なんですが、競子さんの身柄をお返しする手続きになります」

美沙は刑事に言われるまま、説明には頷き、書類にサインした

「…はい、これで、事務手続きは終わりです。間もなくお嬢さんが参りますから。ここでお待ちください」

「はい…、ありがとうございます」

ここでも美沙は、座ったままだが、深く頭を下げた

「いやあ、お母さん、どうぞ頭を上げてください。えーと、今回は、お伝えした通り、薬物反応は出ませんでした」

大本刑事は、ここでイスに背をもたれ、腕組みしてから話を続けた

「まあ、これは結果論ですが、もし競子さんが自分から出頭せず、こちらから任意でお話を聞いて黙秘若しくは否認だったら、そこで放免でした。薬物反応なしでは、それで終わりです」

美沙はしきりに、頭を上下に振って頷いていた

「今回の競子さんのとった行動はですね、損得で考えれば、自分にとっては、明らかに損な訳です。そのことは、お嬢さんも当然、分かっていたと思います」


...


「娘はその辺については、何と言っているんでしょうか…」

「それについては、理由は口にしてません。でも、なんとなく想像はつくんですが…」

「えっ?それはどのような…」

「彼女が”ここ”に来てから、何人も嘆願に来てるんです。情状酌量を求める署名を持ってきた人たちも、一人や二人じゃない。中には何かの間違いだろうって、喰ってかかってきた人もいたらしい(笑)。今の時点で細かくは話せませんが、お母さんもご存じだと思われる、保護者の方とかもいらっしゃった」

美沙は胸がいっぱいになった

今までも、人から、ケイコのことを感謝されることは珍しくなかったが…

こういう状況だけに、母親として、とても救われた気持ちになれたのだった