「申し訳ございません。お邪魔してしまったようですわね」

 私は無難に微笑んで、カーラ様に背を向ける。けれど――。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 私を引き留め、再び睨みつける彼女の丸い瞳。泣き腫らした、真っ赤な瞳。

「あなた、わたくしに何か言うことがあるのではなくてっ⁉」

 掠れた声で、彼女は私に怒りをぶつける。

 けれど私は何も言えなかった。何と言ったらいいのかわからなかった。

「……ええ、と」

 ああ、駄目だ。わからない。恋の話をするような友人など、およそ思い出せないほど昔にしか作った覚えがないのだ。人の考えを読む以上に、感情を読むことは難しい。

 何も言わない私に痺れを切らしたのか、彼女は声を荒げる。

「あなたのせいですのよ‼ あなたさえ……現れなければ……っ!」

 嗚咽交じりにそう訴える彼女の頬を、大粒の涙がつたう。

 ウィリアムと同じ色の――豊かな森の景色を映し出したような深い緑――その瞳からとめどなく溢れ出すそれは、まるで真珠のように美しいと、そう感じた。

「わたしの方が……わたしの方が絶対に、ウィリアム様を愛してますのに……っ」

 子供のように泣きじゃくる彼女――美しい、嘘偽りのないその涙に、私の心は締め付けられる。

 あぁ、この方はなんと純粋で、誠実で、素直な方なのだろうか。彼女は純真無垢な子供のように、心の(おもむ)くままに涙を流すことができるのだ。

 あぁ――それはなんと美しく……。

「……羨ましい」

 私の口から漏れる本音。
 その言葉に、彼女の瞳が大きく見開いた。――同時に私たちの間に強い風が吹き込んで、一瞬のうちに風に攫われる彼女の帽子。そこに伸びる、彼女の細い腕――。

 彼女の身体が傾く――その先は。

 気付けば私は走り出していた。
 彼女の腕を掴み、自分の方に引き寄せる――けれどその反動で、私の身体は宙に投げ出された。

「アメリア様ッ!」

 彼女が崖の上から、私の名を叫ぶ。

 あぁ――良かった。彼女は無事だ。
 彼女に何かあったら、きっとウィリアムが悲しむから……。

 ――私は微笑む。これで良かったのだ、と。

 こうしてそのまま――私の視界は歪んで……消えた。