「……まさか」

 なぜ今の今まで気が付かなかったのか。今回の彼の姿は、幾度となく転生を繰り返した彼の姿の中で……最初の彼に一番近い。

 ――心によぎる、一抹の不安。

 私はハッとして、ドレッサーを覗き込んだ。そこに映るのは十八年間付き合ってきた、見慣れたはずの自分の顔。

 お父様と同じ金色の髪、碧い瞳、お母様譲りの真っ白な肌――ああ、それはまるで千年前の自分の姿。記憶の底に封印していた――忌まわしき女の生き写し。

「――ッ」

 なんてこと。こんなことはこの千年の間一度もなかった。私や彼が当時の姿をしていることも、彼の方から近付いてくることも、ただの一度もなかったのに。

 ――こんな偶然あり得ない。あり得るものか……。
 いったいどうしてこんな……。今、何かが起きている? それともこれから起こるのか。
 だが確かめる(すべ)などない。私ができることはただ一つ。彼を生かしたければ、決して彼には近付かないこと。

「お嬢様……?」

 ハンナが心配そうに私の顔を覗き込む。

 そんな彼女の姿に、これ以上動揺を見せてはならないと、私はいつもの無感情を装った。
 そう――アメリアは感情を表に出さない。そうでなければ……そうでなければ……。

「……ハンナ」
「は……はいっ」
「あなた、私に()たれる覚悟はある?」
「え……ええっ!?」

 確実に先方から縁談を取り下げさせる方法。それを思い付き、私はニヤリと口角を上げる。

 我ながら酷い方法だとは思う。けれどこれならばファルマス伯は確実に私を嫌悪することだろう。私を(さげす)み、糾弾(きゅうだん)し、存在自体を否定するかもしれない。

 けれどそれでいいのだ。ハンナには悪いが、これも侍女の役目というもの。

「……待っていなさい、ファルマス伯爵」

 私は決意する。私の愛した彼――愛し合った彼――その姿で私を嫌悪し否定する姿を想像して。

 ――ああ、これをきっかけに、私の心もようやく解放されるのかもしれない。かつて愛した彼の姿で私自身を否定されれば――この呪いも解けるのかもしれない。

 そんなことを考える鏡に映った自分は、まるでおとぎ話に出てくる魔女のように荒んだ顔をしていた。