それは何の不自然さもない、礼儀にのっとった挨拶だった。
 けれど同時に、出来すぎた何かを感じたのも、疑いようのない事実だった。
 腹の底の見えない――得体の知れない何かがある、アメリアは直感的にそう感じた。

 けれど隣にはウィリアムがいる。不審に思われるような態度を取ってはいけない。
 だから彼女はにこりと微笑み返す。

「ウィリアム様からお話は伺ってるわ。とても有能な方だと」
「大変恐縮にございます」

 ルイスの一見完璧な笑み。けれど笑っているのは口元だけで、目は少しも笑っていないように思える。
 人を試すような――けれどそれを隠そうともしない強い眼差し。それでいてどこか温かい、吸い込まれそうな漆黒の瞳。

 そして何より特徴的なそのオーラ。
 言われなければそこにいると気付かせない気配の無さ。けれど一度気付いてしまえば、目を離すことを許さない強烈な存在感。

 千年生きてきたアメリアも、ルイスのような者とは出会ったことがなかった。――なるほど、彼は確かに只者ではなさそうだ。この男には気を付けなければ。

 アメリアはそんなことを考えながら、心にもない言葉を放つ。

「これからよろしくね。仲良くしましょう、ルイス」
「はい、我が侯爵家の次期夫人となられるアメリア様は、既に私の主人同然でございます。何なりとお申し付けください」
「ありがとう。頼りにさせてもらうわね」
「ええ――アメリア様」

 *

 ウィリアムに手を引かれて馬車に乗り込むアメリアの後ろ姿を、ルイスはじっと見つめていた。

 その瞳に映るのは、果たして――。

 ――風が凪ぐ。

 ルイスは二人が馬車に乗り込んだのを確認し、扉を閉めると御者席(ぎょしゃせき)に座った。
 その顔には既に先ほどの笑みは無く――。その瞳に揺れるのは……微かな悲哀。

 馬車がゆっくりと動き出す。道のりは長い。

 ルイスはただ空の一点だけを見つめ……彼女の数奇な運命に、思いを馳せた。