そう。それが今日の憂鬱の種だった。
 ウィリアムだけならいざ知らず、まさか王子と共に外出など、誰が嬉しいものか。面倒なだけに決まっている。

「ハンナ。あなたは王子という存在に夢を見すぎよ」
「そうでしょうか? ではお嬢様は、王子に夢を見ないでいったい誰に夢を見ろとおっしゃるんです?」
「それは難しい問題ね。けれど殿下は色好みで有名なのよ。侍女にも平気で手を出すんですって」
「侍女にも、ですか?」
「そうよ。といっても無理強いはしないらしいけど」
「そうなんですか……。でも、それってつまり私にもチャンスがあるということでは?」
「あなた、本気で言ってるの?」

 私はハンナの言葉に呆れかえる。――と、そのときだった。
 再び窓の外に視線をやったハンナが、「あっ!」と大きく声を上げる。

「いらっしゃいましたわ!」

 その声を追って私も外に目をやれば、そこには二台の黒塗りの馬車が止まっていた。
 一方は二頭立ての一般的な貴族の馬車。そしてもう片方は、四頭立てのひときわ立派なものである。おそらく四頭馬車の方に王太子であるアーサーが乗っているのだろうが……。

「二台ですって?」

 ウィリアムからの手紙には、今日の外出はアーサー様とカーラ様、そしてウィリアムと私の四人で、と書かれていた。四人なら馬車は一台で十分なはずである。しかし、実際は二台。

 ――いったいどういうことかしら? 

 よくよく馬車を観察すれば、二頭立ての方はウィンチェスター侯爵家の馬車で間違いないが、四頭立ての方は王家の馬車でも、ウィンチェスター侯爵家の馬車でもないことに気付く。

「あれって……スペンサー侯爵家の紋……?」

 どうしてスペンサー侯爵家の馬車がうちに……? まさか……。
 瞬間、脳裏によぎる二人の顔。――その予感は的中した。