彼女の表情は真剣そのもの。きっと心からの言葉なのだろう。それがどれほどありがたいことなのか、私はよく理解している。

 けれどやっぱり駄目なのだ。いくら彼女が、そして周りが願ってくれようと、私と彼が一緒になることは許されない。
 本音ではその想いに応えてあげたいと思っても、彼と共に生きることができたらどれほど幸せだろうかと思っても……それでも無理なことは無理なのだ。けれど彼女にそんな事情を話すわけにもいかず……。

 だから私は、せめて彼女の気持ちだけは受け止めようと、彼女に向かって微笑みかける。

「ありがとう、ハンナ。あなたがそう言ってくれて、私はとても嬉しいわ」

 そう、この言葉だけは私の本音。
 私はハンナの両手を取り、ゆっくりと瞼を閉じた。そして再び覚悟を決める。

 今度こそ上手くやってみせる、と。
 決して誰にも気付かれずに、全てを完璧に――彼との縁談を壊してみせる。

「行ってくるわね」

 私は微笑んだ。――できるだけ、穏やかに。

 今日の私は氷の女王ではない。今夜の私は、誰から見ても完璧な淑女でなければならない。可能な限り穏便に、ウィリアムに恥をかかせることなく縁談を断る……そのために。

 部屋を出た私は、(しと)やかな動作で階段を下った。そこに続く玄関ホールには、既に夜会へ向かう準備を整えた両親の姿があった。

「お父様、お母様」
「――!?」

 私の声に、二人は(いぶか)しげに眉をひそめる。

「お前……いったいどうしたんだ。その恰好……まさか夜会に出るつもりか?」
「ええ、そのつもりよ」

 私が答えると、二人は「信じられない」と言いたげに顔を見合わせる。