「お嬢様はよくお眠りになっていたのでお気付きにならなかったと思いますが、この部屋にお嬢様をお運びになったのは誰だと思いますか? ファルマス伯爵ですよ。お嬢様をとても大事そうに抱きかかえられて……使用人もいる中で、旦那様に深く頭を下げておいででした」
「……っ」
「ファルマス伯爵は、旦那様にこう仰っていました。お嬢様を、すぐにでも侯爵家のお屋敷にお迎えしたいと。もう二度と、お嬢様を危険な目に遭わせないと誓うと」
「――ッ」

 ああ、そんな……。まさかウィリアムが私をここまで運んでくれただなんて。侯爵家の彼が、お父様に頭を下げただなんて。それに――。

 ウィリアムと一緒に過ごすって……あれは夢ではなかったんだわ。馬車での彼のあの言葉は、嘘じゃなかったんだわ……!

 胸が高鳴る。今まで幾度となく失敗を繰り返してきた私にとって、それは奇跡としか言いようがなくて――。

 ああ、神様、感謝します。束の間の幸せであろうと、もう一度機会を与えてくださることに。私に彼をもう一度愛するチャンスをくださることに。

「お嬢様、おめでとうございます。どうか、お幸せになってください」

 花のようなハンナの笑顔。野に咲くひまわりのように、明るい笑顔。私の幸せを心から願ってくれている、彼女の思いが嬉しくて――。

 ――私、頑張るわ。もう一度、彼に愛してもらえるように。あの人の心からの笑顔を見るために。
 そして……彼ときちんとお別れするために。あの人を、もう一度愛してみせる。

 私はもう一度夜空を見上げた。
 そこに浮かぶ丸い月は、あの日エリオットと眺めた月のように澄んだ色をしている。

 ――月が綺麗だと思うのは、いつぶりかしら。

 そんなことを思いながら、私は月に祈りを捧げる。
 エリオットと肩を並べて眺めた、湖の水面に揺れる月を思い描いて――白い雪を降らせたようにキラキラと輝いていた、あの日の思い出をもう一度取り戻すために……。

 彼の熱情に燃える瞳。その心を、魂を、あの狂おしいほどの愛を……もう一度、必ずこの手に掴んでみせると。