「では我々は失礼するとしよう。ルイス、先に行って馬車を回しておけ」
「承知しました」
「ああ、見送りは結構だ」
「左様でございますか。お気をつけてお帰りくださいませ」

 ウィリアムは執事の返事を合図に立ち上がる。――が、私はすぐに動けなかった。

 だってライオネルの顔は引きつったままなのだ。このままではどう考えたってウィリアムが悪人ではないか。氷の女王と呼ばれるこのアメリアならいざ知らず、侯爵家の嫡男としてこの対応はまずいのではないのか?

 けれどそんな私の思いなど露知らず、ウィリアムは私ににこりと微笑みかけるだけ――。

 気付けばルイスはいなくなっていた。つまり、この場はこれでお開きということで――。

 私は思わずライオネルの方を振り返る。
 すると、彼は私の視線に気が付いて、今にも泣き出しそうな顔をした。それは自身の無力さを呪うかのように――。

 けれど私は、そんな彼に何も言ってあげられなかった。声を出せない私には、もはやどうすることもできなかった。

「アメリア、行こう」

 ウィリアムが私の名前を呼ぶ。かつてのエリオットのような優しい眼差しで、私の手を取るウィリアム。――それに従い、席を立つ私……。

 結局私はライオネルに別れの言葉一つ伝えられぬまま、屋敷を後にした。