彼は人々に追われ、深い森の奥に逃げ込みました。そして人間になっても尚残るその絶大な神の力で、一人の少女を生み出しました。ハデスはその――漆黒の髪と瞳を持つ――美しい少女にソフィアと名付け、それはそれは大切に育てました。

 ソフィアが言葉を話せるようになると、ハデスは言いました。

「いいか、けっして私以外の人間には近づくな」

 ソフィアは尋ねます。

「どうして?」
「我らの黒い髪と瞳、それを人間は恐れるからだ」

 ハデスの悲しげな表情の意味が、幼いソフィアにはまだわかりませんでした。

 それから何年も――何十年も――何百年も、ハデスとソフィアは森の中で二人きりで暮らしました。
ソフィアはハデスの言い付けを守り、森の外へ出たことはただの一度もありません。

 そうして千年がたったある日、一人の青年が森へ迷い込んできました。青年は深い傷を負っていて、今にも死んでしまいそうでした。

 ソフィアは初めて見るハデス以外の人間の姿に驚きました。けれど、青年の辛そうな表情に、思わず手を差し伸べてしまいます。

 青年もまたソフィアの人間離れした容姿を恐れますが、傷の痛みに気を失ってしまいました。

 しばらくして青年が目を覚ますと、傷が綺麗に消えているではありませんか。
 青年は、少女が傷を癒やしてくれたことをすぐに理解しました。そして少女に一言お礼を言おうと、森の奥へ奥へと進んでいきます。

 しばらく進むと、澄んだ水をたっぷりとたたえた美しい湖が見え、そこから歌声が聞こえてきました。小鳥がさえずるような可愛らしい歌声に、青年は心打たれます。