「今回の件、全て私の不手際によって起きたこと。この事が公になれば私の首だけでなく、アメリア様の今後も危うくなることでしょう。最悪の事態を免れたのは一重にあなた様のおかげでございます。――ですからぜひ、お礼をさせていただきたいのですが」
「……礼……?」
「はい、礼でございます。それを以って、この件は全て無かったことに」
「――っ」

 否定を許さないルイスの強い眼差しに、ライオネルの動揺が大きくなる。
 それでも彼は冷静に、一つ一つ言葉を選んで返す。

「いえ……本当に大したことはしていませんので。お礼をしていただくなど、逆に恐れ多いというものです。ですから、どうぞご心配なく。あなたのご主人にもそうお伝えください」

 ライオネルは言い終えると、唇をきゅっと結んだ。――そこには何の忖度もない。少なくとも、私にはそう思えた。

 ライオネルとルイスは、しばらく見つめ合っていた。お互いの心情を推し量ろうと、沈黙を貫いていた。――それを破ったのはルイスだった。

「非礼をお詫びします、ライオネル様。私はあなたを侮っていたようです」

 そう言って、ルイスは深く腰を折る。ライオネルに最大限の敬意を払うかのように。

「アメリア様を助けてくださったのが、あなたで本当に良かった」
「――っ、あの……頭を上げてください、困ります!」
「――ルイス、と」
「……え?」
「私のことは、ルイスとお呼びくださいませ。ライオネル様」

 ルイスはゆっくりと顔を上げる。

 そこには先ほどまでの威圧感はどこにもなかった。それどころか、なんと彼は穏やかに笑っていたのだ。

 それは、まるで先ほどとは別人であるかのように。

 ああ、その人懐っこい笑顔はなんなのか。いったいこの男、何を考えている……?

 私は困惑するが、けれどそんな私の心境など知る由もないライオネルは、ほっと胸を撫でおろし無邪気に頷いている。

「わかったよ、ルイス。約束する。このことは誰にも言わない。だけど……何か僕にできることがあれば、いつでも言ってほしい」

 すると感銘を受けたかのように、ルイスの瞳が細くなる。

「ライオネル様のお心遣いに心から感謝致します。もし何かありましたときは――頼りにさせていただきます」

 ――一見何の裏も読み取れない美しいルイスの笑み。

 けれど、私は猜疑心を強めずにはいられなかった。