***

「傘、持ってないの?」

傘を持っていない私に声をかけてきてくれた、黒い傘を差した男子。全く見覚えのない人だったから、1人でぽかーんとしていると、顔をぐいっとのぞき込まれて、
「あ、いや、はい!大丈夫です!傘なんかなくたって全然楽勝なので!」
と慌ててしまった。でも、本当は全然大丈夫じゃない。

今日は体育服を持って来ていないから、ただでさえ濡れたくない日だ。
だけど、忘れてしまったことは自分のせいだし、しょうがない。雨が強くなる前に、走って行こう。
そう思い、話しかけてくれた親切な人に背を向け、走り出そうとした。

その直後、さっきまで肩や頭に当たっていたはずの雨が止んだ。いや、道の脇のイチョウの木には小粒の雨が降り注いでいる。
「え?」
思わず足を止めた。何が起こっているの?
必死に理解を追いつかせようとしていると、視界の右上に黒い傘が写った。
あ、理解。なるほどね。濡れないように傘に入れてくれたんだ。優しい。

…いやいやちょっと待て。おかしい。なぜこの人が見ず知らずの私を傘に入れる?いくら同じ学校の生徒とはいえ、異性にそんなことする?

信じられなくて、後ろを振り返り、頭の中にはてなをいっぱい浮かべて、表情で意思を訴えた。
すると、それが伝わったのか、
「ああ、そりゃ入れるだろ」
と、意味のわからないことを言い出した。
「濡れたら、風邪引いちゃうだろ。だから、傘持ってない人には貸す。普通そうじゃね?」
誰にでもこうすることが当たり前とでも思っているのだろうか。だとしたら尊敬する。私にはそんなこと出来ない。ていうかしたくない。