年季の入ったチェストや箪笥が所狭しと並んでいるリビング。雑然としているけれど見慣れた景色は、やっぱり落ち着く。家だと他人に気兼ねなく話せて楽だ。

「今日はどうしても、碧に伝えなきゃいけないことがある」

 普段とは違う、かしこまったトーンで蒼が言ったので、私はマグをテーブルのうえに置いた。

「別れよう、僕たち」

 次の瞬間、蒼が放った言葉に――まるで、心臓に氷の刃が突き刺さったみたいだ、と思う。
 そこから全身に冷気が伝播して、身体が凍ってしまいそうだった。
 つい最近、彼が私を嫌ってくれたらいいのに、なんて考えてしまったからだろうか。
 現実になってしまうと、こんなに心細いことはなかった。

「……私のこと、嫌いになった?」

 震える声で訊ねてみると、蒼は「まさか」と否定する。

「――その逆だよ。僕は碧が好きで、幸せになってほしいから言ってるんだ」

 蒼の声は、今まででとびきり優しく、穏やかだった。
 全身を包み込む暖かな毛布のようなその声で、蒼が続ける。

「どれだけ碧を想っても、僕じゃ碧を幸せにできない。僕がいることで、碧の幸せを邪魔してしまう」
「……やだよ。私は蒼と一緒にいたい」

 やっとのことでそれだけ紡いだ。
 凍ったはずの心臓が、いやな感じにドキドキと忙しい音を立てはじめる。
 私の幸せの邪魔になるなんて――どうしてそんな悲しいことを言うの?

「碧だって本当はわかってるよね? 僕たちは別れるべきって」
「やめて!」

 私は、弾かれたようにローテーブルを両手で叩いた。

「――そんな話はやめて。幸せになんてなれなくてもいい。蒼といる時間が幸せなんだから!」

 ――これ以上聞きたくない。私はかぶりを振って喚いた。
 私は普段、こんな風に感情をむき出しにしてものを言うことはない。物に当たったりすることも。
 あまりのショックで、感情にも所作にもセーブがきかなくなっていた。
 走ったわけでもないのに、はぁはぁと呼吸が乱れる。