復讐の鈴蘭〜最愛の婚約者が殺されました〜



 踵を返そうとする海野に、乃愛は呼び止めた。


「あのっ、マスクをされているのは、風邪ですか?」

「ああ、花粉症なんです。今年は特に酷いんです」


 そう言って海野は立ち去った。
 その背中を見送りながら、乃愛は思った。

 花粉症の人間が花の毒を使用するとは思えない。アレルギーにも種類があるとは思うが、わざわざ自分に不都合な毒を選ぶものだろうか。

 それよりも、やはり筧瑞穂は圭介の浮気相手ではないかと囁かれていたようだ。

 乃愛はチラリとデスクを一瞥する。PCの前で仕事をしているウェーブがかったミディアムヘアの女性が、筧瑞穂だ。
 キーボードを叩く表情は、どこか心ここに在らずといったような虚無の表情をしている。

 圭介が亡くなったことを憂いているのか、それとも――……。


「筧さん」

「えっ。あっ……、乃愛さん?」


 瑞穂は乃愛が来ていたことに気づいていなかったようで、話しかけられて動揺していた。


「圭介の荷物を取りに来たんです」

「そうでしたか……。あの、何と言ったらいいのか」

「私もまだ、信じられません」

「そうですよね……」


 瑞穂は泣きそうな表情で唇を震わせている。


「私、圭介さんには本当にお世話になりました……。とても優しい先輩でした。みんな圭介さんのこと慕ってたんです。
誰があんな酷いこと……」


――貴方が()ったんじゃないの?

 乃愛はそう言いたい気持ちを抑え込む。