乃愛が訪れたのは、殺害現場となったバーの入っているビルの屋上。あのレストランの隣のビルの屋上である。

 乃愛は深呼吸をしてから、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回した。ドアを開けたその先には、呼び出した人物が既に待っていた。


「あ、乃愛さん」

「穴山さん……」


 穴山はエプロンをしており、腕まくりをしているところを見ると仕込みの最中だったのかもしれない。いつもの穏やかな表情と声色で乃愛に尋ねた。


「どうしたの?思い出したことって?」

「私がトイレから戻った時、穴山さんは圭介のすぐ後ろにいましたよね?」

「え?ああ、そうだったかな」

「あの時、貴方はテーブルに置いたカクテルを飲んでいました。その時、奥に置いてあったカクテルを手に取っていましたよね?」


 あの時は特に何の違和感も感じなかった。だけどあの直後のことを考えると、とても不自然に思えてくる。
 普通は手前に自分のカクテルを置くはずだ。圭介も同じものを飲んでいて、紛らわしい状況でわざわざ奥に置いたりするものだろうか。


「貴方は筧さんがグラスを割った時、片付けを手伝ってあげたそうですね。その後テーブルに戻ってカクテルを手にした。
そのカクテルは貴方のものではなく、圭介のカクテルだったんじゃないですか?」