家のドアを開ける。

「……ただいま……」

 玄関は薄暗く、リビングへと続くドアから光が漏れていた。

「起きてるのか……?」

 リビングのドアを恐る恐る開ける。
 見ると、ソファーで彼女が眠っていた。
 テレビはつけっぱなしで、机には冷めたブラックコーヒー。
 そして彼女の頬は濡れていた。

「……涙」

 それを拭い、彼女を持ち上げてベッドに運んだ。
 タオルケットを彼女にかけて、リビングに戻り、彼女の淹れたブラックコーヒー
を啜る。冷めてるけれど美味しい。
 俺は口角を上げて、またブラックコーヒーを啜った。

『ブラックコーヒー、苦くない?』

 彼女に昔、そう訊いてみたことがあった。

『ううん。これくらいの苦さが丁度いい』

 彼女はそうあっけらかんと答えた。

「苦いのが好きなのか……」

 今度、ブラックチョコレートでも買ってきてあげようと思った。
 その時、マナーモードになっているスマホが震えた。

【急な仕事が入った。戻ってきてくれないか。】

 幼馴染からだ。

【わかった。】

 そう返事をして、寝室に向かう。そこにはぐっすりと眠っている彼女。そんな彼女の頬にキスを落とし、俺は家を出た。
 少し話したかったな、と思いながら。

――行ってきます。