「俺は以前話したような家庭環境だったし、だが教育、教養という金のかかることを目一杯味合わせて貰ったことは今になればありがたくは思う。
だが結婚というのに意味も見いだせなかったし、適当なところで見合い相手と形だけの結婚をするんだろうなと考えていた」
「何を勝手に諦めているんですか。そんな姿勢ではお相手の女性にも失礼です。
そんな気持ちなら一生独身でいればいいでしょ」
「現実、俺の妻という肩書きだけ欲しい女ってのはいるんだよ。
お互いそれでいいじゃないかと結婚してるパターンなんてごまんといるし、うちの親だってそうだ」
自分の親もよく喧嘩をする。もの凄く仲が良いかと言われれば違うだろう。
光生さんの家は特殊すぎるが、あぁいうお金持ちの家だからこそ私には想像も出来ない当然があって、それに抗うのは光生さんでもやはり難しいのかもしれない。
「だが、その考えが変わってきた。
最初はただの芝居で良かったはずで、俺自身も驚いている」
光生さんが横にいる私を見下ろす。
その表情は何を意味しているのかくみ取れない。
「紫央里」
名前を呼ばれ、はい、と答える。
「俺と正式に付き合え」
周囲にある森の木々が風で音を立てているのに、光生さんの言葉はしっかりと聞こえた。
彼の表情は引き締められたまま。
私が沈黙していたのは数秒だったのか数十秒だったかわからない。
それほどに言葉を脳内で反芻していた。
そしてとっておきの笑みを私は浮かべる。
光生さんの表情が、目が、明るさを取り戻してきたように見えた。
「お断りします」



